キャプテン・ムーンライトとは誰?
「キャプテン・ムーンライト(Captain Moonlite)」は、19世紀オーストラリアで実際に存在したブッシュレンジャー(荒野の無法者)の通称を持つ歴史上の人物です。本名はアンドリュー・ジョージ・スコット(Andrew George Scott)。ネッド・ケリーと並んで語られることもある、オーストラリア植民地時代の代表的なアウトローの一人です。
誕生:1840年代のアイルランド
スコットは1842年頃、アイルランド北部ダウン県の町ラスフリーランド(Rathfriland)で生まれたとされています。ただし、当時の記録が不完全なため、1845年生まれとする説もあり、正確な出生日は確定していません。いずれにせよ、1840年代前半から半ばにかけてアイルランドで誕生したことは間違いありません。
オーストラリアへ渡り、無法者の道へ
幼少期に家族とともにニュージーランドへ移住し、その後オーストラリアへ渡ったスコットは、当初は聖職者として働いていました。しかし金銭トラブルや詐欺容疑などで社会的信用を失い、次第に追い詰められていきます。1879年に強盗事件で投獄され、出所後はギャングを結成し、銀行強盗や牧場襲撃などの犯罪を重ねるようになりました。「ムーンライト」という名乗りは、夜陰に乗じて犯行を行うスタイルに由来すると言われています。
悲劇的な最期:1880年の処刑
1879年11月、ニューサウスウェールズ州ワンタバジェリー(Wantabadgery)の牧場を占拠した際に警察部隊と銃撃戦になり、仲間に死者を出しました。逃走先でも包囲を受けたスコットは逮捕され、裁判の結果、1880年1月20日にシドニーのダーリングハースト刑務所で絞首刑に処されました。享年37歳前後とみられています。
まとめ
キャプテン・ムーンライトことアンドリュー・ジョージ・スコットは、1842年頃にアイルランドで生まれ、1880年にオーストラリアで処刑された実在の歴史人物です。聖職者から無法者へと転落したその波乱の人生は、今もオーストラリア史の中で語り継がれています。