古代エジプト第18王朝のファラオ、ツタンカーメン王は、わずか19歳前後という若さでこの世を去りました。その死因については、マラリア感染や骨折による合併症など諸説ありますが、「暗殺されたのではないか」という陰謀説も根強く語り継がれています。王の死に関して容疑者として挙げられるのが、次の3人です。
1. ホルエムヘブ将軍
ホルエムヘブは強大な権力を誇った軍事指導者であり、後に自らファラオの座に就いた人物です。ツタンカーメンの死後、王位継承の最有力候補の一人と目されており、権力への野心から王の死に関与したのではないかと疑われています。実際、即位後のホルエムヘブは先代たちの記録を削除するなど、ツタンカーメン時代の痕跡を積極的に抹消したことでも知られています。
2. 重臣アイ
アイはツタンカーメン王の最側近として仕えた高官で、王の死後まもなく次のファラオに即位しました。王との距離の近さと急速な地位の上昇から、「真の黒幕はアイではないか」と疑う声が上がっています。さらに、アイがツタンカーメンの未亡人アンケセナーメンと結婚したことから、計画的な王位簒奪を企てていたとする説も有力視されています。
3. 王妃アンケセナーメン
ツタンカーメンの王妃アンケセナーメンは、夫を殺害してアイと再婚し、自ら女王の座に就こうとした陰謀に関与していたと疑われた人物です。興味深いことに、王の死後、彼女が「ヒッタイトの王子を婿に迎えたい」と隣国に宛てた書簡が発見されており、宮廷内部の緊張関係や彼女の置かれた立場の危うさを物語っています。
まとめ
この3人の容疑者は、いずれもツタンカーメンの死後に何らかの利益を得た人物ばかりです。しかし、現代のCTスキャンやDNA分析といった科学調査では、明確な他殺の証拠は見つかっておらず、病気や事故による死亡の可能性も高いとされています。それでも真相は謎に包まれたまま――このミステリアスな魅力こそが、100年経った今も世界中の人々を惹きつけてやまない理由なのでしょう。