ホセ・リサールの姉妹は9人いた
フィリピンの国民的英雄ホセ・P・リサール(Dr. José P. Rizal)には、姉妹が9人いました。リサール家には全部で11人の子どもが生まれ、ホセは7番目の子でした。兄弟はパシアーノ(Paciano)ただ一人で、ほかは全員姉妹でした。
「10人の姉妹」という表現を目にすることもありますが、これは誤りです。正しくは9人であり、「10人」という数字は、ホセ本人を含む兄弟姉妹の総数と混同されたものと考えられます。
9人の姉妹の一覧(年長順)
- サトゥルニーナ(Saturnina)
- ナルシサ(Narcisa)
- オリンピア(Olimpia)
- ルシア(Lucía)
- マリア(María)
- コンセプシオン(Concepción)
- ホセファ(Josefa)
- トリニダード(Trinidad)
- ソレダッド(Soledad)
各姉妹の簡単なプロフィール
1. サトゥルニーナ(1850〜1913)
長女。バタンガス州タナウアンのマヌエル・ティモテオ・イダルゴに嫁ぎました。弟妹を支えた頼れる長姉でした。
2. ナルシサ(1852〜1937)
抜群の記憶力の持ち主として知られています。ホセの処刑後、遺体が埋葬された場所を探し当て、パコ墓地の小さな十字架の印を見つけたのはナルシサだったと伝えられています。
3. オリンピア(1855〜1887)
電信技師のシルベストレ・ウバルドと結婚しましたが、若くしてこの世を去りました。
4. ルシア(1857〜1919)
マリアーノ・エルボーサと結婚しました。夫がコレラで亡くなった際、リサール家の親族であることを理由にキリスト教式の埋葬を拒否されるという出来事があり、当時の教会権威への批判として知られています。
5. マリア(1859〜1945)
バタンガスのダニエル・ファウスティーノ・クルスと結婚しました。
6. コンセプシオン(1862〜1865)
愛称はコンチャ(Concha)。3歳で病気により夭逝しました。幼いホセにとって初めての死別の悲しみとなり、彼自身の手記にもその悲しみがつづられています。
7. ホセファ(1865〜1945)
生涯結婚せず、フィリピン革命の秘密結社カティプナンの女性部門に関わったと伝えられています。
8. トリニダード(1868〜1951)
処刑前夜、ホセが託したアルコールランプの中に、有名な遺詩「最後の別れ(Mi Último Adiós)」が隠されていました。それを受け取ったのがトリニダードです。
9. ソレダッド(1870〜1929)
末っ子。パンタレオン・キンテロと結婚しました。教師として働いていたとも言われています。
まとめ
ホセ・リサールの姉妹は9人で、年長順にサトゥルニーナ、ナルシサ、オリンピア、ルシア、マリア、コンセプシオン、ホセファ、トリニダード、ソレダッドです。早世したコンセプシオンや、遺詩を受け取ったトリニダードなど、リサールの人生と深く関わった姉妹も多く、リサール家の強い家族の絆がうかがえます。