17歳という若さで命を落としたロマノフ朝の皇女
ロシア帝国の皇女アナスタシア・ロマノフが亡くなったのは、17歳のときでした。1901年6月18日に生まれ、1918年7月17日にこの世を去っています。
アナスタシアの短い生涯
アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァは、皇帝ニコライ2世と皇后アレクサンドラの四女として、1901年6月18日(当時ロシアで使われていたユリウス暦では6月5日)に生まれました。明るく活発な性格で知られ、家族や使用人からも親しまれていたといわれています。
しかし1918年7月17日、ロシア革命後の激動の中、ウラル地方の都市エカテリンブルクにあるイパチェフ館において、両親、姉たち、弟アレクセイとともにボリシェヴィキによって処刑されました。わずか17歳でした。
「生存説」が生んだ世界的な伝説
処刑後、アナスタシアは奇跡的に生き延びたのではないかという噂が広まり、多くの「偽アナスタシア」が現れるなど、生存説は世界的な伝説となりました。なかでもアンナ・アンダーソンと名乗った女性は有名です。
1991年にはロマノフ家の遺骨が発見され、その後のDNA鑑定によって身元が確認されました。2007年には残りの遺体も見つかり、長年語り継がれてきたアナスタシア生存の謎にようやく決着がついたのです。