サルヘール・ムルヘールの戦い――マラーター軍、ムガル帝国を打ち破る
1672年2月、現在のナシーク地方に位置するサルヘール要塞をめぐって繰り広げられたこの戦いは、マラーター軍がムガル帝国軍に対して野外の正面会戦で初めて勝利を収めた、歴史的な戦役として知られています。
西暦1672年のはじめ、ムガル帝国の名将ディーリル・ハーンの部将イクラス・ハーンはサルヘール要塞を包囲しました。同時にディーリル・ハーンとバハードゥル・ハーンは、マラーターの拠点プーナを攻撃し、住民への虐殺まで命じました。
これに対してシヴァージーは、敵をプーナから引き離すための巧みな策略を巡らせました。自軍の大将プラタープラーオ・グジャルを差し向け、サルヘールを攻囲していたイクラス・ハーンに猛攻を加えさせたのです。プラタープラーオの攻勢に押されたイクラス・ハーンは敗色濃厚となり、これを知ったディーリル・ハーンとバハードゥル・ハーンは、プーナを放棄してサルヘールへ急行せざるを得なくなりました。
両将はサルヘールとともに近隣のムルヘール要塞も包囲しました。そこでシヴァージーは、要塞内からの防衛と外側からの挟撃を組み合わせる作戦を採ります。ペーシュワーのモロパントとプラタープラーオ・グジャルが先頭に立ってムガル軍に立ち向かい、戦いは凄惨を極めました。血が川のごとく流れ、最後にはマラーター軍がムガル軍を完膚なきまでに打ち砕いたのです。
この戦いで数千人のムガル兵が討たれ、さらに数千人が捕虜となりました。負傷して戦場を逃れた兵も数え切れないほどでした。駱駝、象、馬、ロバ、ラバといった軍用動物も大量に死に、ムガル軍の莫大な財宝、武器・軍需物資、そして数千頭の象や馬まですべてシヴァージーの手に落ちました。
とはいえ、シヴァージー側の損害も決して小さくはありませんでした。幼少の頃からの友人であり、勇将として名高いスーリヤージー・カカデーが戦死し、彼の率いる部隊も壊滅しました。両軍合わせて約1万人が戦死し、約1万人が負傷したと伝えられます。
それでもこの戦いは、シヴァージーにとって特別な意味を持っていました。正規の野戦でムガル帝国軍に勝利したのは、これが初めてだったからです。ムガル軍はサルヘールとムルヘールの両要塞から完全に追い払われ、ディーリル・ハーンは戦場から遠くへ退去しました。
勝利を祝って、シヴァージーは民衆に菓子を配り、兵士たちには褒賞を与えました。さらに印象的なのが、戦場に倒れた両軍の負傷兵への対応です。シヴァージーは味方だけでなくムガル兵の傷にも手当てを施し、帰還を許しました。その寛容な振る舞いに触れた多くのムガル兵は、帝国への仕官を捨ててシヴァージーの軍門に降ったといいます。
アウラングゼーブへの衝撃
サルヘールとムルヘールの敗報が宮廷に届くと、皇帝アウラングゼーブは三日間も廷に姿を見せず、「至高の主はムスリムから王国を奪い、異教徒に与えようとしておられるのだろう。こんな知らせを聞くくらいなら、むしろ先に死んでいたかった」と嘆き続けたといいます。
これを聞いた乳兄弟のバハードゥル・ハーン・コーカーは、皇帝を慰めてこう申し上げました。「私は常にムガルの名誉を取り戻す覚悟でございます。デカンへ赴き、シヴァージーを討ちましょう」。アウラングゼーブはバハードゥル・ハーン・コーカーを南インドのスバダール(総督)に任命しました。
老将マハーバト・ハーンの死
一方、アウラングゼーブはサルヘールの守備を担っていたマハーバト・ハーンに譴責の手紙を送り、この壊滅的な敗北の責任を問うて、ただちにアフガニスタンへ向かうよう命じました。
マハーバト・ハーンはジャハーンギール、シャー・ジャハーン、アウラングゼーブの三代にわたって帝国に仕えた重臣であり、その子どもたちは皇族と婚姻関係を結ぶほどの名家の出でした。しかし抜け目なく野心に満ちた人物でもありました。彼は「山ネズミ」とあざけられてきたシヴァージーに、まさか自分がこれほど惨敗を喫するとは夢にも思わず、皇帝からこれほど侮辱されるとも想像していませんでした。失意のどん底に陥ったマハーバト・ハーンは、アフガニスタンに着くことなく、そのまま世を去ったのです。
ディーリル・ハーンとバハードゥル・ハーンの反論
アウラングゼーブはまた、ディーリル・ハーンとバハードゥル・ハーンに対しても手厳しい書簡を送りました。「敗北の恥を顔に塗る前に、戦場で死ぬべきであった。だがお前たちは臆病者のように逃げ出し、命だけは助けた。二度と朕の前に姿を見せるな。イギリス人、フランス人、アビシニア(エチオピア)人、さらにはゴールコンダとビジャープルの軍勢をも率いて、シヴァージーを包囲し討つべきであったのに」と。
これに対して二人は、次のような返信を送りました。「皇帝陛下がお思い起こしくだされば、これはアーグラの厳しい幽閉から、あざとい知略で脱出を果たしたあのシヴァージーその人であることがお分かりになるでしょう。そうであれば、我々の罪をさほど咎めることはあるまいと存じます」。この答えにアウラングゼーブは、いっそう腹を立てたといわれています。