ブラジルで最初に設けられた世襲カピタニア(世襲領主制)は、フェルナンド・デ・ノローニャ諸島です。この群島は1503年、ゴンサロ・コエーリョ率いる探検隊によって発見されました。
翌1504年、ポルトガル王マヌエル1世はブラジル植民地を世襲カピタニアへ分割する制度を確立し、その一環として同群島を、パウ・ブラジル(ブラジル木)の取引で財を成した航海者兼商人フェルナン・デ・ノローニャに下賜しました。こうして群島は「サン・ジョアン世襲カピタニア」と称されるようになり、ブラジル史上初の世襲カピタニアとなったのです。
観光の楽園となる前の歴史
現在では観光とエコツーリズムの楽園として世界的に知られるフェルナンド・デ・ノローニャですが、その歩みは必ずしも華やかなものではありませんでした。1737年から1972年までの長い期間、この群島は流刑地・拘置施設として機能していました。とりわけエスタド・ノヴォ(新国家体制)の時代には、政治犯を収容するための場所として利用されました。
ヴァルガス時代と第二次世界大戦
ヴァルガス政権下の第二次世界大戦中、群島は連邦直轄領とされました。これは、戦争という国際情勢の中でブラジルが戦略上の優位性を確保することを目的とした措置でした。その後、1988年にはペルナンブーコ州の管轄区域として正式に編入され、現在に至っています。
今日のフェルナンド・デ・ノローニャ
現在、フェルナンド・デ・ノローニャは手つかずの自然と豊かな海洋生態系で知られ、2001年にはユネスコの世界遺産にも登録されました。回遊するマグロやイルカの群れ、美しいビーチなどが観光客を魅了しており、かつての流刑地とは想像もつかないほどの人気リゾート地へと変貌を遂げています。