男性なら誰でも扱える?――戦前ジャーナリズムの「電化礼賛」
戦前のジャーナリストたちは、少しでも頭の回る男であれば、どんな電気機器でも難なく扱えると繰り返し強調していました。ところが女性となると話は別。彼女たちは、電灯のスイッチを入れたその瞬間から、命の危険にさらされているかのように描かれていたのです。
1934年、ウッチの新聞『グウォス・ポランニ(朝の声)』の記者は、当時の電気機器を操作するのに特別な技能は一切不要だと断言しました。夏のあいだ妻が旅行に出てひとり取り残された、いわゆる「藁やもめ」の夫でさえ、電気コンロくらい使えたというのです。飢えることも、外食に頼ることもありませんでした。なぜなら――
面倒も苦労もなしに、電気調理器さえあれば、いやな臭いを出すことも、手を汚すこともなく、あらゆる料理を作ることができるのです。

『町の娘』。ヴワディスワフ・ジュラフスキ画、1932年。
こうした電気普及の宣伝については、別の記事でも取り上げました(クリックしてお読みください)。しかし、本当にそれほど簡単だったのでしょうか。そして、完全に安全だったのでしょうか。
忘れてはならないのは、戦前の電気配線が、今日私たちが機器をつなぐものとは大きく異なっていたという点です。プラグは磁器製で、当初はアース端子すら備えていませんでした。

電気アイロンでアイロン掛けをする女性。背景には、同じく電気で動くラジオ受信機が見えます。1936年の写真。
今日よりずっと危険だった戦前の電気設備
コードの見た目も今とは違っていました。何より、今日の細い充電ケーブルよりはるかに太く、デスクトップパソコンとモニターをつなぐケーブルに近い印象でした。
1935年には、女性向け雑誌『家庭の貴婦人』が、プラグを傷めずに扱うための詳しい解説記事を掲載しています。
コードは丁寧に扱わなければなりません。過度にねじったり結んだりしてはならず、コンセントから抜くときは、決してコードを引っ張らず、必ずプラグ本体を持って抜くこと。
こうした注意を守っておいたほうが無難でした。戦前の電気設備は、保護装置もなく、そもそも信頼性に乏しく、今日のものよりはるかに危険だったからです。今なら「誰にとっても危険」と言うところですが、当時の報道は一貫して「主に女性が危険にさらされている」と強調していました。つまり、女性は男性より理性が劣り、事態の深刻さを理解できない存在――そうみなされていたのです。
主婦を待ち受ける「罠」の数々
日刊紙『エコー』は1934年、『主婦のための罠』と題する記事を掲載しました。これは、ごく普通のポーランド人女性の一日のなかに、致命的な悲劇につながりうる瞬間が次々と潜んでいることを列挙したものでした。
最初の脅威は、朝の入浴中に訪れます。
水しぶきを上げながら15分ほど楽しく湯に浸かった後、彼女は顔を拭こうと、釘にかけられたタオルへ手を伸ばします。しかしそれが、彼女の人生で最後の動作となりました。しばらくして、使用人が浴槽の中で息絶えた彼女を発見したのです。いったい何が起きたのか?
タオルをかけていた釘は、不運にも壁の電灯の電線に接触する位置に打ち込まれていました。濡れた手で釘に触れた瞬間、奥様は感電死したのです。

住宅の室内。古い燭台を電気シャンデリアに改造したものが見えます。1938年。
もちろん、これは実際に起きた事故ではなく、編集者が「もし~なら」という想定で語る架空のシナリオです。編集者は事故は起きなかったものとして、次の、それほど陰惨ではない項目へと進みます。外出を急ぐ女主人はブラウスをつかみますが、それが「少し縮んでいる」ことに気づきます。
さて、電気アイロンはどうなるでしょうか。アイロンをかける前に、あっという間にブラウスを溶かしてしまいます。そのうえ慌てているうちに、カーペットの上に水をこぼしてしまいました。さらに濡れた手のままアイロンを握り、裸足で湿ったカーペットの上に立つ。ここまで揃えば、もう災難は目前です。
こうした「殺人的なアイロン」の数々は、電気治療院のショーウィンドウにも展示されています。近代技術の産物を、いかに慎重に扱わなければならないかを示す実演です。

グディニャ市営電力会社に設置された機器類。1932年。
危険はさらに続きます。調理の場面、そして部屋の照明をつけるときです。「電球の口金を回して点灯させるとき、軽い、あるいは強い感電を経験した人は少なくないでしょう。ときには致命的になることもあります」と編集者は強調します。
そして一日の終わり、「眠りに落ちる前に読書を楽しもうとベッドに入るとき」でさえ、女主人の安全は保証されません。
ベッドサイドテーブルに置かれた金属脚の電気スタンドは、見た目ほど無害ではありません。金属の穴を通る電気コードは、場所によっては絶縁被覆が失われており、金属部分に接触していることがあります。不用意に金属の土台に触れれば、感電の危険があります。
この記事を読んだ読者が、夜は「念のため」電気を消さずに寝るようになったとしても、不思議ではありません。
なぜ男性は「危険人物」にされなかったのか?
ここで浮かぶ疑問があります。なぜ、こうした警告記事は女性だけに向けられたのでしょうか。なぜ男性は、「濡れたカーペットの上に裸足で立つ」ような不注意な存在として描かれなかったのでしょうか。
実際のところ、戦前の電気設備の危険性は性別に関係なく等しく存在しました。にもかかわらず、当時の報道は女性を「電気を正しく扱えない存在」として印象づけようとしたのです。これは、電気という新しい技術への不安を、既存の性別役割意識と結びつけて語ろうとした当時の社会の偏見を、如実に映し出しています。
***
出典
本記事は、著者が著書『台所からの二十年――戦前ポーランドの食の歴史』を執筆する際に用いた資料および文献に基づいています。