歴史物語

山本五十六元帥を撃墜したパイロットは誰だったのか?「海軍甲事件」の真相

結論から述べると、山本五十六元帥の搭乗機を撃墜したのは、アメリカ陸軍航空軍の双発戦闘機P-38「ライトニング」を操縦していたトーマス・G・ランフィエ大尉とレックス・T・バーバー中尉です。以下、その経緯を詳しく解説します。

「海軍甲事件」――元帥搭乗機撃墜の経緯

太平洋戦争中の1943年(昭和18年)4月18日、連合艦隊司令長官の山本五十六元帥が搭乗した一式陸上攻撃機が、南太平洋・ブーゲンビル島上空でアメリカ軍戦闘機により撃墜されました。日本海軍内部ではこの事件を「海軍甲事件」と呼びましたが、士気への影響を懸念して詳細は厳重に秘匿され、その全容が国民に明かされたのは終戦後のことでした。

実行されたのは「ヴェンジェンス作戦(復讐作戦)」

この撃墜は偶然の遭遇ではなく、綿密に計画された迎撃作戦の成果でした。アメリカ海軍の暗号解読班が、山本元帥がソロモン諸島方面の前線基地を視察する日程を事前に把握。これを受けた米軍は、長距離飛行能力に優れるP-38「ライトニング」18機をガダルカナル島のヘンダーソン飛行場から出撃させ、片道約700キロメートルにおよぶ過酷な長距離飛行の末、待ち伏せに成功したのです。

撃墜者はランフィエ大尉とバーバー中尉

山本機を実際に攻撃したのは、米陸軍航空軍第339戦闘飛行隊所属のトーマス・G・ランフィエ大尉とレックス・T・バーバー中尉の2人です。当時の公式記録では、両名に半分ずつの撃墜功績が認められました。

ただし戦後、生存者の証言や機体の弾痕分析が進むにつれ、「山本機に致命傷を与えたのはバーバーであり、ランフィエは僚機(宇垣纏参謀長搭乗機)を攻撃したのではないか」という見方が有力になりました。現在では、レックス・バーバーこそが山本元帥搭乗機を撃墜したパイロットだとするのが一般的な評価となっています。

歴史を動かした情報戦の帰結

山本元帥の死は、指導者の喪失という点で日本海軍に大きな衝撃を与えました。この事件は、個々のパイロットの技量にとどまらず、暗号解読という情報戦の優劣が戦局を左右しうることを世界に示した事例として、今日でも軍事史上の重要な転換点として語り継がれています。