戦前ポーランド、共産主義者への容赦ない弾圧
戦前のポーランド国家警察は、共産主義者に対して一切甘くなかった。ソ連を支持する活動家たちのデモは容赦なく解散させられ、指導者たちは次々と逮捕され、ビラや風刺文書は没収されていった。そんな厳しい状況に追い込まれたポーランド共産党は、ついに例外的な手段に打って出ることになる。
1932年のメーデー――成功への望みは薄かった
共産主義者にとって、労働者の日にあたる5月1日は、資本主義的な搾取に立ち向かうよう大衆を煽る絶好の日であった。ところが1932年当時、彼らには成功への期待がほとんど持てなかった。当時の新聞『ノヴィニ・コジエンネ(日刊ニュース)』紙は、警察への恐れから大規模デモの提案がことごとく却下されたと皮肉交じりに報じている。ベテランの共産主義者たちは、こう嘆いたという。
「どうせ何もうまくいかない! 警察が急行して逮捕するだろう。ポーランドの労働大衆は、まだ武装闘争の準備ができていないのだ……」
奇策「空中プロパガンダ」の始動
そこで決定されたのが、1930年代らしい革新的な手法――「空中プロパガンダ」であった。いくつかの村々で、ハトの群れが密かに捕獲され、飛翔の準備が整えられた。社会主義の小さな宣伝者となるハトの一羽一羽に(どのように取り付けたのかは今も謎だが)、明確なスローガンを記した横断幕が装着された。ある一羽には「ブルジョワジー打倒」、別の一羽には「ソヴィエト社会主義共和国連邦万歳」、さらに別の一羽には「共産主義ポーランド万歳」である。そして5月1日の朝、これらの「共産主義ハト」たちは一斉に空へ放たれた。
待ち受けていたのは華々しい大失敗
予想通りといえば予想通り、この作戦は目覚ましい失敗に終わった。5月4日付の『ノヴィニ・コジエンネ』紙は、次のように報じている。
『ノヴィニ・コジエンネ』紙記事の抜粋。階級闘争は続く!
ジェレフフでは、一羽のハトが(なんと裏切り者!)着陸早々、警察署の煙突に止まってしまった。ウクフでは電信線に絡まり身動きが取れなくなり、ソボレヴォでは……荷物が重すぎて、そもそも飛ぼうとしなかった。
どうやら闘う覚悟ができていなかったのは、労働者・農民の階級だけではないようだ。ハト階級もまた、革命への準備が整っていなかったのである。
出典
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- 「ブルジョワ・ポーランド打倒の共産主義ハト」、『ノヴィニ・コジエンネ(日刊ニュース)』1932年5月4日号、3ページ。