アテネ歴史散歩(Athens History Walks)の一環として、歴史家メネラオス・ハラランビディス氏による新しい歴史散策「占領時代のパグラティ」が実施されます。
パグラティはアテネ市中心部の東、古代競技場やアルディットスの丘のふもとに広がる地区です。1922年の小アジア惨事(カタストロフィー)以降、多くのギリシャ系難民を受け入れ、労働者階級の街として独自の文化を育んできました。本散策では、こうした背景を踏まえながら、占領期(1941〜1944年)のパグラティが見せた抵抗と悲劇の記憶に迫ります。
散策は、1922年に小アジアからこの一帯へと流れ込んだ難民たちの到着から物語が始まります。地区が持つ独特の性格、そこに暮らす人々の姿、そして先住民と新住民との関係性を丁寧にたどりながら、占領下のパグラティの歴史を掘り下げていきます。
続いて、レジスタンス運動の最初の拠点がどのように育っていったか、その指導的役割を担った人物たちに触れ、ELAS(ギリシャ人民解放軍)と右派組織Xとの間でパグラティで繰り広げられた流血の衝突にも言及。占領下の日常を特徴づけた主要な出来事の数々を検証します。
歴史散策で取り上げられる8つのテーマ
- 1922年、小アジア難民の到着 — パグラティはアテネの旧住民と新住民を隔てる「境界線」となった
- レジスタンスの中の芸術家たち — ヴァシリス・ロタスの「演劇研究会(シアトリコ・ストゥディオ)」
- 「家を出たい、あの場所にいたくなかった」 — 学生レジスタンスの中心となったパグラティ高等学校
- グバにおける治安大隊の包囲 — 囚人解放を目指したELASの決死の作戦
- コキラ家の悲劇 — EAMに加わった七人兄弟のうち、ドイツ軍とそのギリシャ人協力者によって処刑された四人
- 「パグラティを空にせよ」 — ドイツ人将校殺害事件と、報復を避けるためのELASと警察による皮肉な協力
- パパゲオルギウ家 — パグラティにおける組織Xの活動
- 「パグラティは地獄だ」 — OPLAによるニコス・パパゲオルギウの処刑と、その後に続いた報復の連鎖
散策の終了後には、当時のパグラティの風景や、街角で働いていた人々を捉えた貴重な写真のスライド上映と解説が予定されています。上映会は書店「プレイアデス(Pleiades)」(スピロス・メルクリ通り62番地、パグラティ)で行われます。
第一弾として、2月16日(日)と2月23日(日)の2回がアナウンスされています。ご予約・詳細は公式サイトをご覧ください。
予約ページ:https://www.athenshistorywalks.com/pagrati