北欧神話の神々のハンマー、ドイツ版カミカゼ部隊、ナチスによるテロ計画……第三帝国の戦争マシーンには、一般にほとんど知られていない驚きの事実が数多く眠っています。本記事では、歴史系メディアで公開された記事をもとに、ナチス・ドイツの戦争術に関する10の事実をランキング形式でご紹介します。あなたはどれだけご存じでしたか?
歴史の授業では教えてくれないこと
第10位:国防軍では「首を失う」ことが極めて容易だった
1940年から1945年にかけて、ドイツ軍内で執行された死刑判決は合計約12,000件に上ります。第一次世界大戦中に死刑を宣告されたドイツ兵がわずか48人だったことと比べれば、ナチス期の軍法の苛烈さが際立ちます。
第9位:スターリングラードは東部戦線最大級の絨毯爆撃の標的となった
14時間以上に及ぶ爆撃で、ルフトバッフェ(ドイツ空軍)の航空機は約1,000トンの爆弾を投下しました。公式データによれば、この空襲による死者は40,000人を超えたとされています。
第8位:1943年3月、第二次世界大戦最大の護送船団戦が勃発した
44隻のドイツ潜水艦が、大西洋で総数100隻近くに及ぶ2つの連合国護送船団を追跡しました。3日間に及ぶ激戦の末、なんと21隻の連合国船舶が沈没。一方、ドイツ側の損失はUボートわずか1隻にとどまりました。
第7位:数百人のドイツ戦車兵がスペイン内戦に参加していた
「ドローネ」装甲集団の兵士たちは、早くも1936年10月にイベリア半島へ到着していました。主な任務はフランコ将軍に忠誠を誓う勢力の訓練でしたが、彼らは前線での戦闘にも投入され、共和派軍に甚大な損害を与えました。
第6位:1942年、ドイツはアメリカ本土でのテロ攻撃を試みていた
ニューヨークを主な標的として、8人の破壊工作員が大西洋を越えて送り込まれました。しかしこの計画は何の成果も上げませんでした。工作員たちは攻撃の準備よりも、酒と女性を追い回すことに夢中になっていたのです。
第5位:1945年4月、ドイツは独自のカミカゼ部隊を組織した
その役割は、日本の特攻とは大きく異なっていました。ドイツ人は自殺攻撃を敵の艦船や航空機に対しては行いませんでした。パイロットたちの目標は……オーデル川にかかる橋だったのです。
第4位:ドイツのUボートによって、数百人のドイツ人とイタリア人が命を落とした
1940年7月、ギュンター・プリエンが指揮するU-47は、連合国の洋上定期船「アランドラ・スター」を雷撃しました。艦長は、その船がカナダへ向かう浮遊捕虜収容所であることを知りませんでした。この攻撃により、491人のイタリア人と243人のドイツ人が犠牲となりました。
第3位:制空権を握っても、英国上陸作戦の成功はあり得なかった
仮に1940年夏にルフトバッフェがイギリス上空の制空権を獲得していたとしても、ドイツ軍の上陸作戦は成功しなかったと考えられています。ドイツには、これほど巨大な作戦を実行するための資源が不足しており、さらにヒトラーには訓練された上陸部隊が存在せず、せいぜい少数の降下猟兵や山岳兵がいる程度だったのです。
第2位:ヒムラーが発想した「電磁兵器」の開発計画
1944年11月、ハインリヒ・ヒムラーは連合国の無線局やレーダーなどを破壊できる最新鋭の電磁兵器の開発を命じました。親衛隊全国指導者は、北欧神話の雷神トールが持つハンマー「ミョルニル」に着想を得ていたといいます。
第1位:ティーガー戦車1両が、イギリス戦車連隊1個と渡り合った
まさにそれを成し遂げたのが、親衛隊中尉ミヒャエル・ヴィットマンです。1944年6月13日、彼はロンドン・ヨーマンリー第4装甲連隊を壊滅状態に追い込みました。わずか20分の間に、敵戦車21両を破壊したのです。
まとめ
死刑制度の異常なまでの拡大、民間人を巻き込む無差別爆撃、そして終戦間際の非現実的な兵器開発まで——ナチス・ドイツの戦争の姿は、教科書に描かれるもの以上に過酷で矛盾に満ちたものでした。こうした事実を知ることは、戦争というものの本質を理解するうえで重要な手がかりとなるでしょう。