450年前、八十年戦争が勃発した。これを機に、アムステルダムのリイクス美術館(国立博物館)は大規模な展覧会を開催した。独立国家オランダの誕生を描いた本展だが、実は当初、独立は誰の狙いでもなかったという。
ゴーダのステンドグラスが出迎える
会場に足を踏み入れると、まず目を引くのが圧巻のステンドグラスだ。ゴーダの聖ヤン教会(Sint-Janskerk)にあったもので、ひざまずくスペイン王フェリペ2世が描かれている。この作品が制作された当時、フェリペ2世はスペイン国王であると同時に、ネーデルラントの領主でもあった。
キュレーターのハイス・ファン・デル・ハム氏は、オリジナルのステンドグラスを展示できたことを誇りに思っている。フェリペ2世は1557年にフランス軍を破った神への感謝のしるしとして、自らの姿を刻んだこの窓を作らせたのだ。「ここに展示できるとは思ってもみませんでしたが、思いのほか簡単に運搬できました。キュレーターには幸運も必要で、こうした出会いに恵まれることもあるのです」と同氏は語る。
引き裂かれた家族
展覧会「80年戦争――ネーデルラントの誕生」が描くのは、いわゆる「反乱」の物語である。カトリックのフェリペ2世の政策に対する貴族たちの抵抗として始まった運動だ。君主そのものは問題ではなく、権力を削がれず、プロテスタントへの暴力さえなければよかったのである。「多くの人は学校で、八十年戦争は独立のための戦争だったと習います。しかし実際には、当初は独立を目指す闘いではなかったのです」とファン・デル・ハム氏は言う。同氏は最新の学術知見に基づいて本展を企画し、「本当の物語」を提示しようとしている。
年代順にたどると、抵抗がやがて本格的な内戦へと発展し、異なる宗教陣営が対峙していく様子が分かる。家族まるごと引き裂かれた例も少なくなかった。数十年後には、紛争は二つの国家間の戦争へと変わる。すなわち、独立を宣言したプロテスタントの北部と、現在のおおよそベルギーにあたるスペイン領カトリック南部である。
やがて紛争は世界中に波及し、共和国とスペインおよびその植民地との間で海上の略奪や海戦が繰り広げられた。「北の自らの自由のための闘いは、他の地域では逆の結果をもたらしました。奴隷にされた人々も、異なる信仰を持つ人々も、自由を失ったのです」とキュレーターは語る。後者の人々は逃亡するか、地下に潜って密かに信仰を守ったという。
三代にわたる戦争
武器や戦闘絵画をふんだんに見られると期待して訪れると、少し肩透かしを食うかもしれない。本展の主眼は戦争そのものよりも、その背景にある。「これまで誰も手がけなかったのは、あまりに複雑で長い物語だからです。この戦争が三代にわたって続いたことを忘れないでください」とキュレーターは言う。
三代の間に、北と南はそれぞれ独自のアイデンティティを持つ二つの国家へと発展していった。ファン・デル・ハム氏はこう説明する。「現在のオランダとベルギーの違いの根っこは、この紛争にあります。共和国ではプロテスタントと市民階級が権力を握り、スペイン領ネーデルラントではカトリックの貴族と君主が支配しました。絵画『魂を釣る』は、この二極化をよく示しています」
ハート型の箱
展示は「秩序」「分裂」「アイデンティティ」といった九つの大きなテーマに分かれ、十室で構成されている。「『混沌』の部屋だけが反乱そのものを扱っています。当時は激しい暴力が横行し、事態がどちらへ向かうのか一般の人々には見通せず、大多数の中間層はどちらの側にもつきませんでした。それは今も昔も同じことです」
この部屋には、比較的無名ながら貴重な二つの資料もある。ひとつはエフモント伯の心臓、もうひとつはドールンの村の教会から出土した彫像の破片である。「これらの破片は数年前に教会の床下から発見され、今回初めて公開されます。偶像破壊運動の時期に打ち砕かれ、その後プロテスタントたちが毎週その上を歩けるようにと床下に埋められました。結果的にそれが幸いし、彩色まで残るほど良好な状態で保存されたのです」とファン・デル・ハム氏は明かす。
さらに進むと、ハート形の銀色の箱が目に入る。1568年に斬首されたエフモント伯の心臓を納めたものだ。彼はフェリペ2世の政策に抗議した貴族の一人で、その後大逆罪に問われた。「この話はよく知られていますが、心臓がフランデレンのゾッテヘムの市庁舎に今も保管されていることは、ほとんど知られていません」と同氏は言う。
疲弊した人々の姿
展示室を巡るなかで、筆者の心を最も強くつかんだのは、難民を扱った「追放」の部屋と、戦争に疲れ果てた人々を描いた「厭戦」の部屋だった。ここでは悲惨さが身近で個人的なものとして描かれ、だからこそ手に取るように伝わってくる。たとえば、困窮した難民たちの素描を集めたアルバムがある。1569年、ヨリス・ホーフナッヘルが制作したもので、彼自身も家族とともに戦火を逃れ、すべてを失った一人だった。絵を描くことが再び立ち直る助けになった、とホーフナッヘルは書き残している。
「厭戦」の部屋には、本展の顔ともいうべき小さな絵が飾られている。1634年、ヘラルト・テル・ボルフによる作品で、馬上の兵士を後ろ姿で捉えたものだ。疲れてうなだれたような兵士の姿は、この時代の絵画に慣れた目には新鮮に映る。戦に映る。戦闘も凱旋も、敵を貶めるプロパガンダもない。ただ、もう戦いを見たくない一人の兵士がいるだけだ。シンプルだが効果的だ。同じ部屋にあるブリューゲルの作品も同様で、戦乱のただ中に佇む、意気消沈した女性を描いている。
勝者なしの和平
最後にたどり着くのは「平和」の部屋だ。1648年にミュンスターで調印され、スペインと独立した共和国との和平を批准した文書が並ぶ。ようやく双方が、どちらも戦争に勝てないことを認めたのである。開戦時の人々はとうに亡くなっていた。スペイン側の署名者はフェリペ4世、すなわちフェリペ2世の孫にあたる。国立公文書館が所蔵するこの文書が、ここに展示されている。
「特筆すべきは、条約に盛り込まれた良心の自由と各州の自治が、今日でもオランダの基礎となっていることです」。来館者がこの紛争が国にとっていかに重大であったかに気づくよう、展示は工夫されているという。加えて、テロ、抑圧、難民といった問題は現代世界においても依然として深刻であり、八十年戦争の展示品や物語は、今を生きる私たちにも非常に身近に感じられるのだ。
図録も必読
合わせて200点の資料が集められた。収蔵品と借用品が半々だ。絵画、地図、文書が中心のため、展示室はやや平面的に見えるが、甲冑、胸像、砲弾といった立体資料も随所に配されている。いずれの品も、能動的であれ受動的であれ、戦争そのものに関わった品ばかりだ。「すべては反乱の直接の目撃者です。後になって作られたものではありません。プロパガンダであり、暴力の犠牲者であり、勝利の表現でもある。これらの品々は物語を伝えるだけでなく、それ自体が物語なのです」とファン・デル・ハム氏は強調する。
魅力的な物語ではあるが、制作者たちが意図したような深い掘り下げは、やはり容易ではない。反乱は複雑で、期間も非常に長い。すべてを詳細に語り尽くすことは不可能だ。幸い、ファン・デル・ハム氏が詳細な物語を綴った書籍『80年戦争』も刊行されている。反乱とその前史についてより深く知りたいなら必読の一冊だ。一気に読み進められる内容である。