ドイツのアンゲラ・メルケル元首相が初めてギリシャを訪問し、当時のコスタス・カラマンリス首相と会見してから、15年の歳月が流れた。会談はきわめて友好的な雰囲気の中で行われたという。
「4%の成長率は、我々にとって夢のような話だ」
メルケル氏は当時のギリシャ首相カラマンリス氏に対し、こう述べた。
「経済関係がいかに重要であるかを、改めて強調したい。貴国は4%の成長率を達成している。これは我々にとってまさに夢のような数字だ」
メルケル氏の初訪問は2007年7月20日(ちょうど今日と同じ日付)で、訪問の際にはラフィナでの食事の場も設けられた。
アテナ通信(APE-MPE)が伝えた当時の様子
当時のアテナ・マケドニア通信は次のように報じている。
メルケル首相は二国間関係と、政治的な友人であるコスタス・カラマンリス首相について「実に素晴らしい」と評した。さらにギリシャ経済の成果に温かい言葉を送り、「今や貴国は4%の成長率を達成している。これは我々にとって夢のような話だ」と述べた。
会談の議題――キプロス、ユーロファイター、そして観光
両首脳の議題には、キプロス問題、コソボおよびマケドニア問題、EU改革条約、ギリシャの「ユーロファイター」導入への関心、そして観光分野での協力が含まれていた。ギリシャは「ドイツ人にとって第2の人気旅行先」だったためだ。
またメルケル氏は欧州中央銀行(ECB)の独立性を強く主張し、それが損なわれれば「ユーロそのものが危うくなる」と警告した。
武器商談の決裂が招いた関係の凍結
当時の報道によれば、この訪問には兵器システムの販売促進という狙いもあったとされる。しかしこれにカラマンリス政権は最終的に応じず、両首脳の関係は決裂へと向かった。カラマンリス氏は欧州製航空機の購入を約束していたものの、それは「選挙後」という条件付きだった。多くの観測筋は、当時の政権がフランスとの均衡も保とうとしていたと見ている。
こうして両者の関係は「凍りついた」。メルケル氏自身、2009年の財政データが明るみに出た後も、きわめて慎重な表現でギリシャの状況を「ギリシャの内政問題」と呼んでいた。なお、メルケル氏とカラマンリス氏はもともと良好な関係にあった。両者はキリスト教民主党系政党の「ブリュッセル・クラブ」、すなわち欧州人民党(EPP)で結ばれていたからだ。
ハンデルスブラットが暴いた「知っていながら沈黙した」真実
独経済紙ハンデルスブラットは2010年5月10日付で、次のように書いている。
「2009年7月2日、ブリュッセルでのECOFIN(経済財務大臣理事会)会合を前に、スペイン出身のアルムニア欧州委員による文書が公表された。そこには、同年中にギリシャの財政赤字がGDPの10%を超える可能性があるとの予測が記されていた。しかし、誰もカラマンリス氏の10月の総選挙を台無しにしたくなかった。それゆえ、7月のサミット以降、メルケル氏や他の欧州保守政権から批判の言葉は一切聞かれなかった。」
「カラマンリス氏の敗北後、保守派たちは新しく就任した社会党政権の財務相を前に、最初のECOFIN会合で大仰な芝居を打ち、ギリシャの巨大な財政赤字について初めて耳にしたようなふりをした。世論の記憶は短いものである。」
メルケル氏との緊張が公式に高まり始めたのは、危機の影響が表面化し、ゲオルギオス・パパンドレウ氏がギリシャ首相に就任した直後のことだった。その象徴となったのは、言うまでもなくカンヌサミットにおけるパパンドレウ氏の「国民投票」構想である。その後の顛末は、周知の通りだ。