歴史家メネラオス・ハラランビディス氏が主催する歴史散歩ツアーが、引き続き開催されています。
今週日曜日のテーマは、ギリシャ現代史の大きな転換点となった「デケムヴリアナ」(1944年12月事件)。参加者は、激動のデケムヴリアナ期におけるアテネ東部の街カイサリアニを巡るガイドツアーに参加することができます。
デケムヴリアナとは何か
1944年12月、ナチス・ドイツからの解放を果たしたばかりのアテネで、政府側を支援するイギリス軍と、左翼レジスタンス組織EAM/ELASとの間で武力衝突が勃発しました。これがいわゆる「デケムヴリアナ」です。わずか一ヶ月ほどの間に武装勢力約7万人が動員され、犠牲者は数千人、故郷を追われる人々は数万人に上りました。この内乱は、その後のギリシャ内戦へとつながっていくことになります。
戦火に見舞われた街、カイサリアニ
小アジア出身の避難民によって築かれ、左派勢力の拠点として知られたカイサリアニは、この戦乱の渦中に置かれた街でした。主催者は次のように説明しています。
「この散歩では、デケムヴリアナ期にカイサリアニで行われた三つの重要な戦闘について解説し、現在も残る最後の避難民住宅を見学します。当時のカイサリアニが今日とはまったく異なる姿をしていたことを読み解きながら、イギリス軍による激しくもほとんど知られていない爆撃についても取り上げます。そして最後には、関係許可を確保したうえで自治体の担当者が私たちのために特別に開門してくれる、カイサリアニ射撃場の慰霊碑と処刑場跡を訪れます。」
当日のルートと見どころ
1. デケムヴリアナとは?
わずか一ヶ月で、武装勢力7万人、死者約5千人、住居を追われた人々2万5千人。数字から読み解く衝撃の実像。
2. 12月7日――決定的な戦い
「要するに虐殺だ。進軍すれば、死体が次々と転がり落ちていく」。デケムヴリアナ最大の分水嶺となった12月7日の戦闘を検証します。
3. 1944年12月18日――中央広場に現れた敵戦車
敵の戦車部隊がカイサリアニの中央広場に侵入した日。街の日常が完全に戦場へと変わった瞬間です。
4. 「カイサリアニを爆撃せよ」
イギリス軍による大攻勢の幕開け。空からの爆撃が街を襲った激しい攻防を振り返ります。
5. 1944年12月29日――カイサリアニの「陥落」
抵抗の拠点とされた街が陥落した日。その意味と、後に残されたものについて考えます。
申し込み方法
お申し込みはこちら:
https://www.athenshistorywalks.com/store/29may2022
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https://www.athenshistorywalks.com/
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