
ペルジーノによるマグダラのマリアの絵画的解釈(1500年頃)
ナザレのイエスに従った唯一無二の女性
ナザレのイエスに従った小さな集団の一員であるマグダラのマリアは、完全に男性中心だった当時の世界において目立つ存在の女性であったこともあり、おそらく最も多くの空想の対象となってきた人物です。福音書が伝えるわずかな史的情報に加えて、後世には数多くの伝承が付け加えられました。とりわけ彼女の道徳や素行に関する言い伝えは検証がきわめて困難で、しかも原典となる資料には一切の裏付けが見られません。
妻か、恋人か、それとも「悔悛した娼婦」か
マグダラのマリアがイエスの生涯において実際にどのような役割を果たしていたのかについては、時代を経るごとに数々の仮説が生まれてきました。中でも特に魅惑的でありながら大胆なのが、彼女をイエスの愛人、あるいは妻とみなす説です。また西方教会では6世紀以降、「悔いて救われた娼婦」とする伝統が確立しました。
しかし実際には、最初の二つの主張を裏付ける文書は存在せず、これらは単なる推測の域を出ません。一方、三つ目の「娼婦」説についても、史料の上で強い疑義が呈されています。
福音書が伝えるマグダラのマリア
福音記者ルカの記述によれば、彼女は「七つの悪霊」と呼ばれる病から癒やされた後、イエスとその弟子たちを自らの財産によって支えた篤志的な後援者のグループに加わっていました。つまりマグダラのマリアは、単なる信徒ではなく、イエスの布教活動を経済的に下支えした重要な存在だったのです。

墓の前に姿を現したイエスとマグダラのマリア
「唇への接吻」をめぐる激論
外典『フィリポによる福音書』(2世紀)には、マグダラのマリアがイエスに与えたという唇への接吻が記されており、この一節は研究者たちの間で熱い議論を巻き起こしました。現在もっとも有力とされる解釈では、この仕草に恋愛的・性的な意味はなく、原始教会の礼拝集会で広く行われていた儀式的な挨拶、すなわちごく日常的な作法の一つにすぎないとされています。
名前に秘められた出自の謎
結論から言えば、この魅力的な女性像について分かっていることは本当に僅かであり、彼女は福音書史上最も謎めいた、そして最も論争の的となってきた人物の一人です。ただし、その出身地だけは名前そのものに手がかりがあります。正式な呼び名は「マグダラのマリア(Maria di Magdala)」であり、この「マグダラ」という語は、マタイによる福音書(マタイによる福音書15章39節)に言及される地名マガダン(Magadàn)の誤記・誤転写ではないかと考えられています。彼女はおそらく、このガリラヤ湖畔の町の出身だったのでしょう。