数百年前の文献に描かれた人肉食の場面
先日、ある一冊の歴史書に関する情報が編集部のもとに届いた。そのテーマは、難解でありながら間違いなく珍しいもの──中世の人肉食(カニバリズム)である。
実は、人肉を食べるという行為は、少なくとも特定の状況下においては、数百年前のヨーロッパではそれほど珍しい出来事でもなければ、大きなスキャンダルに発展するようなことでもなかったようなのだ。
詳しく知りたい方は、アンジェリカ・A・モンタナリ(Angelica A. Montanari)氏の著作で、イル・ムリーノ(Il Mulino)社から刊行された『野蛮な食事──中世の人肉食』をぜひ手に取っていただきたい(筆者自身も近いうちに購入して読む予定である)。以下に、届いたままの内容紹介と、メールに添付されていた非常に興味深い動画をあわせて紹介する。
アンジェリカ・A・モンタナリ著『野蛮な食事──中世の人肉食』の表紙
中世の人肉食という、あまり他では扱われないテーマに挑んだ非常に個性的な歴史エッセイである。読者の方の中にも、この一冊に興味を抱かれる方がいるのではないだろうか。
『野蛮な食事(Il pasto feroce)──中世の人肉食(L'antropofagia medievale)』
本書は、ヨーロッパ中世の奥深くへと読者を誘う、驚きに満ちた知的な旅路である。当時の人々が、実にさまざまな状況と動機から人肉を口にしていたことを示す膨大な事例が、ページをめくるごとに掘り起こされていく。
注目すべきは、その動機の多様さだ。人肉食といえば、飢饉や長期に及ぶ包囲戦といった緊急事態で起きる悲劇的な最後の手段というイメージが強い。ところが実際には、それ以外の文脈でも人肉は口にされていた。敵に対する侮辱や冒涜(ぼうとう)の行為として用いられることもあれば、逆に、最深の敬意や愛情を示す儀礼的な行為として、死者の肉体を分け合うこともあったというのである。
中世に人肉食が存在した歴史的背景
こうした現象を裏づける有名な記録はいくつもある。たとえば1098年の第一次十字軍におけるマアッラ包囲戦では、十字軍側の兵士が敵の死体を食べたと複数の年代記が伝えており、この逸話は同時代から後世にかけて強い衝撃を与え続けた。また、1315年頃から北欧を中心にヨーロッパを襲った大飢饉(グレート・ファミン)の際には、極度の飢えに追い詰められた人々による悲劇的な人肉食の記録が、各地の年代記に断片的に残されている。
さらに見逃せないのは、中世の人肉食が必ずしも「野蛮な異邦人」だけの営みではなかったという点である。聖なる遺物(聖遺物)への崇敬、病を癒やすための薬としての人体の利用、そして聖体拝領に象徴されるキリスト教の観念など、信仰と身体をめぐるさまざまな思想が複雑に絡み合い、人肉をめぐる行為や言説に多層的な意味を与えていたのである。「文明」と「野蛮」の境界線が曖昧だったこの時代、人肉をめぐる行為は、恐怖と畏敬、嫌悪と憧憬が同居する特異な位置を占めていたのだ。
(写真提供:www.tramineraromatico.wordpress.com、www.bolognain.info / 動画提供:www.youtube.com)