トマトの食卓デビューの立役者
トマトが食卓で成功を収めるきっかけをつくったのは、17世紀に活躍したシェフ、アントニオ・ラティーニ(Antonio Latini)です。マルケ地方出身の彼は、ナポリに移り住み、その類まれな才能を発揮しました。
無数のレシピやバリエーションで親しまれるトマトは、今ではイタリア料理を代表する食材の一つですが、昔からそうだったわけではありません。
「毒」と恐れられた時代
この美しく万能な野菜は、アメリカ大陸発見後にヨーロッパへ伝わりましたが、当初はなかなか人々の味覚に受け入れられませんでした。
むしろ多くの人々はトマトを「有毒」だと信じ込み、仮に食べられたとしても、それはせいぜい貧しい人々のための食べ物だと見なされていました。
結局、1世紀以上ものあいだ、旧大陸におけるトマトはほぼ観賞用植物として扱われていたのです(ジャガイモもまったく同じ運命をたどりました)。
すべてを変えた男、アントニオ・ラティーニ
そんな状況を一変させたのがアントニオ・ラティーニです。
先見の明に富んだこのシェフは、ソースをはじめとする、トマトを主役とした独創的なレシピを最初に開発しました。
彼のおかげで、トマトは単に美味しいだけでなく、多彩な料理に応用できる可能性を秘めた食材であることが、ようやく理解されるようになったのです。
ナポリからヨーロッパ全土へ
最初にトマトの魅力を見抜いたのはナポリの人々でしたが、そこからヨーロッパ各地へ広まるまでに、さほど時間はかかりませんでした。
アントニオ・ラティーニが間違いなく料理界の革新者だったことは、誰もが認めるところでしょう。
それ以来、何世紀にもわたってトマトは私たちの食卓に欠かせない存在となっています。この素晴らしい自然の恵みなしに、地中海式ダイエットは成り立ちません。(写真提供:abebooks.it)