「メイフラワー号の後に来た船は何ですか?」という質問には、実は複数の答えが考えられます。どの船を指すのかは、話題にしている時代や場所、そして文脈によって変わってくるためです。ここでは、代表的な解釈を整理してご紹介します。
プリマス植民地への2番目の船「フォーチュン号」
1620年、メイフラワー号はプリマス・ロックに到着し、ニューイングランドにおける最初の恒久的なイングランド人入植地の一つを築きました。その直後に同じ植民地へ向かったのが、1621年11月に到着したフォーチュン号(Fortune)です。フォーチュン号には約35名の新たな入植者が乗っており、プリマス植民地にとって2番目の船として知られています。さらにその後、1623年にはアン号(Anne)とリトル・ジェームズ号(Little James)が続けて到着し、入植地の人口増加を支えました。
「スーザン・コンスタント号」という説について
一部の解釈では、メイフラワー号の後に来た船としてスーザン・コンスタント号(Susan Constant)を挙げることもあります。ただしここで注意したいのは、スーザン・コンスタント号は1607年にバージニアのジェームズタウンへ入植者を運んだ船であり、時系列ではメイフラワー号(1620年)よりも先に航海しているという点です。つまり、北米への初期の植民船団という広い文脈で語られることはあっても、厳密にはメイフラワー号より前の時代の船だということになります。
まとめ:答えは文脈と時代による
この質問が「その後の船全般」について尋ねているのであれば、答えは参照する具体的な時期や状況によって異なります。プリマス植民地の文脈であればフォーチュン号が該当し、北米植民地化全体の流れを見れば、他にも数多くの移住船が存在します。関心のある時代や地域を特定することで、より正確な答えにたどり着きやすくなるでしょう。