問いの前提を見直す
1066年のヘイスティングスの戦いといえば、「ノルマンディー公ウィリアムがアングロサクソン軍の盾壁(シールドウォール)を突破した」というイメージが広く定着しています。しかし、この通説には実は重要な誤解が含まれています。
結論から述べると、ノルマン軍は盾壁を破っていません。そもそもヘイスティングスの戦いにおいて、アングロサクソン軍は盾壁の陣形で戦っていなかったのです。彼らが採用していたのは、盾壁よりも優れた陣形とされる楔(くさび)陣形でした。
盾壁と楔陣形の違いとは?
盾壁とは、兵士たちが肩を並べて盾を重ね合わせ、文字通り「壁」のように防御する陣形です。バイキング戦術として有名で、正面からの防御力は非常に高い反面、機動性に乏しく、動きが単調になりやすいという弱点がありました。
一方の楔陣形は、先端を尖らせた三角形の編成を組む攻撃的な布陣です。敵の隊列に突き刺すように攻め込めるうえ、防御から反撃への切り替えも柔軟に行えます。つまり、この陣形で戦うイングランド軍に対し、単純な正面突破は極めて困難だったのです。
では、ウィリアム公爵はどうやって勝利したのか?
アングロサクソン軍が盾壁ではなく楔陣形を採用していたとすれば、ウィリアム公爵の勝因を「盾壁の突破」として説明することはできません。実際の戦いでは、ノルマン軍は以下のような戦術を駆使しました。
- 弓兵による矢雨:高地に陣取るイングランド軍を消耗させ、隊列を乱そうとした。
- 騎兵による偽装退却(フェイント):敵の一部を規律を失わせて追撃させ、孤立した部隊を各個撃破した。
- 長時間の消耗戦:一日中続いた激戦の中で、イングランド軍の体力と士気を削ぎ落とした。
こうした戦術的な駆け引きの積み重ねの末、ハロルド王が戦死したことが決定的打撃となり、指揮系統を失ったイングランド軍は崩壊へと向かいました。
まとめ
「ウィリアム公爵はどのように盾壁を破ったのか」という問いそのものが、誤った前提に立っているのです。ヘイスティングスにおけるアングロサクソン軍は盾壁ではなく、より優れた楔陣形で戦っていました。ノルマン軍の勝利は、堅固な防御陣形の突破によって得られたものではなく、矢・騎兵・偽装退却を組み合わせた柔軟な戦術と、終わりの見えない消耗戦に耐えたことによってもたらされたのです。