ドレッド・スコット対サンドフォード事件とは
ドレッド・スコット対サンドフォード(Dred Scott v. Sandford)は、最終的にアメリカ合衆国最高裁判所まで争われた一連の訴訟です。原告はミズーリ州で奴隷として暮らしていたドレッド・スコットとその妻ハリエット・スコットであり、自由州に居住したことで自由民の身分を得たと主張して訴えを起こしました。この裁判の中心的な争点は、アフリカ系アメリカ人が合衆国の市民権を持つことができるのかというものでした。
勝ったのはどちら?
結論から言えば、被告側のサンドフォードが勝訴しました。1857年に下された最高裁判決では、原告のドレッド・スコット夫妻の敗訴が確定します。タンニー首席判事率いる多数意見は、アフリカ系アメリカ人は合衆国の市民ではなく、連邦裁判所に訴えを提起する資格(訴訟当事者能力)を有しないと判断しました。さらにこの判決は、奴隷制を禁じたミズーリ協定を違憲とする見解も示しており、奴隷制を連邦議会が制限することさえ否定するものでした。
判決がもたらした歴史的影響
この判決は当時の世論に広く受け入れられず、北部を中心に強い反発を招きました。奴隷制をめぐる南北間の対立はさらに深刻化し、やがて南北戦争(1861年〜1865年)へとつながる重要な要因の一つとなったのです。なお、この判決は戦後に成立した憲法修正第13条(奴隷制の廃止)および第14条(出生による市民権の保障)によって、事実上無効化されました。