真珠湾の時代、人々は何を着ていたのか?〜1940年代の市民と軍人の服装〜
1941年12月7日の真珠湾攻撃は、アメリカの歴史における大きな転換点となりました。では、あの時代を生きた人々は、どのような服装で日々を過ごしていたのでしょうか。ここでは、ハワイを含む当時のアメリカにおける「民間人」と「軍人」の服装を、性別や部隊ごとにわかりやすく解説します。
民間人の服装
男性の場合
1940年代前半の男性たちは、今日よりもはるかにフォーマルな身なりをするのが普通でした。仕事でも外出でも、次のような服装が定番でした。
- スーツとネクタイ — ビジネスシーンの基本スタイル
- オーバーコート — 冬の防寒に欠かせないアイテム
- 革靴(ドレスシューズ) — スニーカーはまだ一般的ではありません
- 帽子 — フェドーラなど、男性が帽子なしで外を出歩くことは珍しかった時代です
- アロハシャツ — ハワイ発祥のカジュアルシャツ。真珠湾の時代に人気を集め始めました
女性の場合
女性たちのファッションも、上品さと機能性を兼ね備えたものが中心でした。
- ワンピース — 日中から夜まで幅広く着用された定番
- スカートとブラウス — セットアップ風のコーディネートも人気
- セーター・ジャケット — 寒暖差への対応に活躍
- 帽子 — お出かけには欠かせない小物
- ストッキング — 戦時中は供給難となり、脚に線を描く代用策も登場しました
- ハイヒール
- ムームー — ハワイの伝統的なゆったりドレス。島の暮らしに根ざした衣装です
軍人の軍服
海軍(Navy)
- 紺色の正装(ドレスブルー)
- カーキ色の勤務服
- ピーコート — 厚手ウールの艦上用コート
- 制帽(ビーニー)
陸軍(Army)
- 緑色系の正装(ドレスグリーン)
- 勤務服
- フィールドジャケット
- ヘルメット
海兵隊(Marines)
- 紺色の正装(ドレスブルー)
- カーキ色の勤務服
- フィールドジャケット
- ヘルメット
陸軍航空隊(Army Air Forces)
現在のアメリカ空軍にあたる部隊は、当時は独立した組織ではなく「陸軍航空隊」として陸軍の一部でした。空軍が独立したのは終戦後の1947年のことです。
- 紺色の正装(ドレスブルー)
- 勤務服
- フライトスーツ
- ヘルメット
まとめ
真珠湾の時代、民間人はスーツや帽子、ストッキングといったきちんとした服装が当たり前で、ハワイではアロハシャツやムームーといった島らしい装いも親しまれていました。一方、軍人は海軍・陸軍・海兵隊・陸軍航空隊それぞれに固有の制服をまとい、任務に応じて使い分けていました。開戦後は物資統制の影響でファッションにも変化が訪れますが、この時代の服装は、アメリカの「戦前」の暮らしを今に伝える貴重な資料といえるでしょう。