歴史物語

真珠湾攻撃で日米にどれほどの損害が出たのか?艦船・航空機・人的被害を徹底解説

1941年12月7日(日本時間では12月8日)、日本海軍の機動部隊はハワイ・真珠湾に停泊していたアメリカ太平洋艦隊に対して奇襲攻撃を敢行しました。この攻撃でアメリカ軍は戦艦を中心に壊滅的な打撃を受け、太平洋戦争の発端となりました。本記事では、真珠湾攻撃における日米両軍の損害を、艦船・航空機・人的被害に分けて詳しく解説します。

アメリカ軍の損害

戦艦8隻すべてが被災

真珠湾にいた戦艦8隻は、例外なく何らかの損害を受けました。特に深刻だったのは以下の通りです。

  • アリゾナ(BB-39):艦首の弾薬庫が誘爆して轟沈。乗員1,177名が戦死し、総損失(除籍)となりました。同艦は現在も沈んだまま、慰霊の記念館として保存されています。
  • オクラホマ(BB-37):多数の魚雷を受けて横転・沈没し、総損失となりました。
  • カリフォルニア(BB-44):着底状態まで沈没しましたが、後に浮揚・修理され、実戦に復帰しました。
  • ウェストバージニア(BB-48):沈没しましたが、浮揚・改装のうえ戦線に復帰しました。
  • ネバダ(BB-36):大破して浅瀬に擱座しましたが、修理のうえ復帰しました。
  • ペンシルベニア(BB-38):乾ドック内で損傷。修理後、復帰しました。
  • メリーランド(BB-46):損傷を受けましたが、修理後まもなく復帰しました。
  • テネシー(BB-43):損傷を受けましたが、修理後復帰しました。

その他の艦船の被害

  • ショー(DD-373/駆逐艦):弾薬庫の誘爆で艦首を吹き飛ばす大破。後に修理され復帰。
  • カッシン(DD-372/駆逐艦):乾ドック内で炎上・大破。後に再建され復帰。
  • ダウンズ(DD-375/駆逐艦):カッシンとともに乾ドック内で大破。後に再建され復帰。
  • ヘルム(DD-388/駆逐艦):損傷。
  • ヘンリー(DD-391/駆逐艦):損傷。
  • オグララ(CM-4/敷設艦):転覆・沈没。
  • ヘレナ(CL-50/軽巡洋50/軽巡洋艦):魚雷1本を受けて損傷。
  • ホノルル(CL-48/軽巡洋艦):至近弾などにより損傷。

航空機188機が破壊される

飛行場に密集して駐機していた航空機を中心に、188機が完全に破壊され、さらに159機が損傷しました。ハワイ方面のアメリカ陸海軍航空戦力は、開戦早々に大きな打撃を被ることになりました。

日本軍の損害

航空機29機が未帰還

南雲機動部隊の艦載機約350機(第一次攻撃隊183機・第二次攻撃隊167機)が出撃し、このうち29機が失われました。内訳は艦上戦闘機9機、艦上爆撃機15機、艦上攻撃機5機で、搭乗員55名が戦死しています。

潜水艦・特殊潜航艇の損失

攻撃に先立って湾内に侵入した特殊潜航艇(甲標的)5隻はすべて喪失し、乗員10名のうち9名が戦死、酒巻和男少尉1名のみが捕虜となりました。母艦である伊16・伊18・伊20・伊22・伊24の各潜水艦は任務を終えて帰投しましたが、攻撃後の哨戒行動中に伊70がアメリカ軍機の攻撃で撃沈されています。

日米の人的被害の比較

アメリカ軍の犠牲者

戦死者2,403名、負傷者1,178名に上り、このほか民間人68名が犠牲となりました。戦死者の約半分にあたる1,177名は、戦艦アリゾナの乗員です。

日本軍の犠牲者

戦死者は64名(航空搭乗員55名、特殊潜航艇乗員9名)。負傷者については資料により幅がありますが、100名前後とされています。また、特殊潜航艇乗員1名がアメリカ軍の捕虜となりました。

まとめ:戦術的成功にとどまった奇襲

真珠湾攻撃は、日本軍にとって艦船・航空機・人的損害が圧倒的に少ない一大戦果でした。しかし、目標であるアメリカの空母3隻(エンタープライズ、レキシントン、サラトガ)はたまたまハワイに不在で無傷であり、石油貯蔵タンクや造船所の施設もほぼ無事だったため、太平洋艦ため、太平洋艦隊を機能不全に陥れる決定的打撃とはなりませんでした。むしろこの攻撃はアメリカ世論を結束させ、圧倒的な国力を背景とした反攻の口火を切る結果となったのです。