イギリス軍の指揮官ウィリアム・ハウ卿(Sir William Howe)が、意図的あるいは無謀に自軍の兵士を敵の砲火の中へ真っ直ぐ送り込んだことを示す確かな歴史的証拠は存在しません。
なぜそのような疑問が生まれるのか
このような質問がよく見られる背景には、アメリカ独立戦争初期のバンカーヒルの戦い(1775年)があります。ハウ将軍が指揮したイギリス軍は、チャールズタウン半島に築かれたアメリカ植民地軍の防御陣地に対し、正面から繰り返し突撃を行いました。その結果、1,000名を超える死傷者を出すという多大な犠牲を払いながら、ようやく陣地を奪取することになりました。
この戦いにおける正面突撃の損害の大きさから、「ハウは兵士の命を軽視していたのではないか」という批判や疑問が後世に残ることになりました。しかし、これはあくまで戦術判断の是非をめぐる問題であり、兵士を無意味に死なせることが目的だったわけではありません。
18世紀の戦術という前提条件
当時のヨーロッパ式戦術では、歩兵が密集隊形(線列)を組んで前進し、一斉射撃を交わすのが標準的な戦い方でした。マスケット銃の命中率と装填速度の制約上、火力の集中と規律ある前進こそが勝利の鍵とされていたためです。つまり、兵士がある程度敵の射撃にさらされながら戦うこと自体は、この時代の戦争においてごく普通のことでした。
とはいえ、土塁や塹壕で固められた陣地への正面攻撃は、当時の水準でも非常に危険な作戦でした。そのため、バンカーヒルでのハウの判断は「勇猛ではあったが、犠牲が大きすぎた」と評価されることが多いのも事実です。
まとめ
ウィリアム・ハウ卿が兵士を敵の砲火へ意図的に送り込んだという証拠はありません。ただし、バンカーヒルの戦いなどで採用された正面突撃戦術が大きな犠牲につながったことは史実であり、それがこうした疑問を生む背景となっています。