「13日の金曜日のテンプル騎士団虐殺」の伝説とは
「13日の金曜日にテンプル騎士団が虐殺された」という物語は、世界中で語り継がれる有名な歴史伝説の一つです。しかし、この話は実際の歴史的事実に基づくものではありません。テンプル騎士団をめぐっては確かに紛争や迫害が存在しましたが、特定の13日の金曜日に大規模な虐殺が行われたことを裏付ける信頼できる史料は存在しないのです。
実際に起きたこと:1307年10月13日の逮捕劇
この伝説の背景には、1307年10月13日(金曜日)にフランス王フィリップ4世が、王国全土のテンプル騎士団員の一斉逮捕を命じたという歴史的事実があります。パリをはじめとする各地で数百人の騎士が拘束され、異端の嫌疑などの容疑で裁判にかけられました。
ただし、この日は「虐殺」の日ではなく、あくまで「逮捕」の日でした。騎士団への弾圧そのものは事実ですが、多くの騎士が処刑されたのはそれから数年後のことです。1310年には多数の騎士が火刑に処され、騎士団の最後の総長ジャック・ド・モレーが処刑されたのは1314年のことでした。
なぜ「虐殺」神話が生まれたのか
中世の記録と後世の創作が混ざり合う過程で、逮捕劇は「一晩で騎士団が皆殺しにされた」というドラマチックな物語へと変貌していきました。特に19世紀以降のロマン主義文学やオカルト関連の書籍が、この印象的なイメージを大きく広める役割を果たしたと考えられています。
13日の金曜日の縁起の悪さとの関係
この事件こそが「13日の金曜日が不吉とされる由来」だと言われることもありますが、これも俗説の一つです。13日の金曜日への恐怖に関する文献上の記録は19世紀以降に現れており、1307年の事件と直接結びつける確固たる根拠は見つかっていません。
まとめ
テンプル騎士団への弾圧は歴史上確かに実在した出来事ですが、「13日の金曜日に虐殺が行われた」という部分は後世の誇張や創作によって生み出された神話です。歴史を学ぶうえでは、魅力的な伝説と検証可能な史実を丁寧に区別することが重要です。