ロジャー・B・テイニーの役割とは
ロジャー・B・テイニー(Roger B. Taney)は、アメリカ合衆国の歴史において最も物議を醸した司法判断の一つとされる「ドレッド・スコット事件(Dred Scott v. Sandford)」において、最高裁判所長官として多数意見(マジョリティ・オピニオン)を執筆・宣告した人物として記憶されています。
1857年のドレッド・スコット判決
1857年に行われたこの歴史的な判決の中で、テイニーは次のように結論づけました。すなわち、アフリカからアメリカ合衆国に連れてこられた人々とその子孫は、自由身分であるか奴隷身分であるかを問わず、合衆国の市民権を持たないため、連邦裁判所に訴えを提起する資格がない、というものです。
判決がもたらした影響
この判断により、たとえ北部の自由州に移り住んだ元奴隷であっても、法的には市民として扱われず、訴訟を起こす権利すら認められないことになりました。この判決は奴隷制をめぐる南北間の対立をさらに激化させ、後の南北戦争へと至る重要な要因の一つとなったと広く評価されています。
歴史的な評価
テイニー自身は合衆国憲法への忠誠心が篤い法律家でしたが、この判決は彼のキャリアにおける最大の汚点とされ、今日でもアメリカ史上最悪の司法判断の一つとして批判的に語り継がれています。なお、この判決の影響は1868年に批准された憲法修正第14条によって正式に覆され、すべての人に出生による市民権が保障されることとなりました。