メイフラワー号には「ストレンジャー」の方が多かった
1620年に大西洋を渡り、北米植民地の歴史の出発点となったメイフラワー号。しかし、その乗客102名のうち、「ピルグリム(巡礼者)」と呼ばれる人々は実は少数派でした。乗客の大多数を占めていたのは、清教徒ではない一般の人々、いわゆる「ストレンジャー」だったのです。
ピルグリム(巡礼者)とはどんな人々か
ピルグリムは、イングランド国教会からの分離を志した清教徒(ピューリタン)の一団です。彼らは宗教的自由を求めてまずオランダへ移住しましたが、そこでも生活の不安定さや文化的な同化への懸念を抱き、最終的に新大陸アメリカでの新生活を目指して航海に参加しました。
ストレンジャー(よそ者)とは
一方の「ストレンジャー」は、清教徒ではない一般の乗客たちを指す言葉です。彼らもまた、イングランドにおける宗教的迫害や経済的な困窮から逃れることを望み、新天地での機会を求めてこの航海に加わりました。職人や労働者など、さまざまな背景を持つ人々が含まれていました。
乗客の内訳:35名対67名
メイフラワー号の乗客は合計102名で、その内訳は次の通りです。
- ピルグリム(巡礼者):35名
- ストレンジャー(非清教徒):67名
つまり、乗客全体の約3分の2がストレンジャーであり、ピルグリムは全体の3分の1程度にとどまっていました。
異なる背景を持つ人々の協力が生んだ「メイフラワー誓約」
宗教的信念によって渡航したピルグリムと、より現実的な動機で参加したストレンジャー。目的の異なる両者が新天地で対立するのを防ぐため、船が予定地外のプリマスに上陸する際、乗客たちは船上で「メイフラワー誓約」に調印しました。この自主統治に関する合意文書は、後のアメリカにおける民主主義と自治の伝統の原点の一つとして高く評価されています。