ニューヨークの「発見者」として、ピーター・ミヌイットやヨーク公ジェームズ(後のイングランド王ジェームズ2世)の名前が挙げられることがありますが、実はどちらもニューヨークを「発見」した人物ではありません。それぞれが果たした役割と、ニューヨークの歴史を詳しく見ていきましょう。
最初にニューヨーク港に入ったヨーロッパ人
ヨーロッパ人として初めてニューヨーク港に入ったのは、1524年のことです。フランス王の命を受けて航海していたイタリア人探検家ジョヴァンニ・ダ・ヴェラッツァーノ(Giovanni da Verrazzano)が、現在のニューヨーク湾に到達しました。彼はハドソン川河口付近まで船を進め、先住民との交流も記録しています。今日、ニューヨークとスタテン島を結ぶヴェラザノ・ナローズ橋(Verrazzano-Narrows Bridge)に彼の名前が冠されているのは、この偉業を記念してのことです。
ヘンリー・ハドソンの探検とオランダ人の入植
その後、1609年にはオランダ東インド会社に雇われたイギリス人航海士ヘンリー・ハドソン(Henry Hudson)がハドソン川を遡上し、この地域の詳細な情報をもたらしました。この探検をきっかけに、オランダによる入植が本格化し、1620年代には「ニューアムステルダム(New Amsterdam)」という植民地が築かれます。
ピーター・ミヌイットの役割
ピーター・ミヌイットは、オランダ領ニューネーデルラントの総監として、1626年にマンハッタン島を先住民から購入したことで知られる人物です。彼はニューヨークの基礎となる植民地の運営に深く関わりましたが、あくまで統治者であり、「発見者」ではありません。
ヨーク公ジェームズと「ニューヨーク」の誕生
1664年、イングランドはオランダからこの植民地を奪取しました。当時のイングランド王チャールズ2世は、弟であるヨーク公ジェームズにこの土地を与え、植民地の名称も彼にちなんで「ニューヨーク」と改称されました。つまり、ヨーク公ジェームズは都市名の由来となった人物ではありますが、発見や建設に直接関与したわけではないのです。
まとめ
ヨーロッパ人として初めてニューヨークの地を訪れたのは、1524年のイタリア人探検家ジョヴァンニ・ダ・ヴェラッツァーノです。ピーター・ミヌイットはオランダ植民地時代の総監、ヨーク公ジェームズは都市名の由来となった人物であり、いずれもニューヨークの歴史において重要な存在ですが、「発見者」と呼ぶことはできません。