マダム・C・J・ウォーカー(本名:サラ・ブリードラブ、1867年12月23日~1919年5月25日)は、アフリカ系アメリカ人の実業家であり慈善活動家です。アメリカ史上初の「自らの力で富を築いた女性ミリオネア」として広く認知されています。
貧困の中の出発点
ウォーカーはルイジアナ州デルタにて、元奴隷だった両親のもと、貧しい家庭に生まれました。7歳で孤児となり、14歳で結婚。20歳になる頃までに3人の子供に恵まれました。
起業家への道
1890年代前半、ウォーカーはミズーリ州セントルイスへ移り住み、洗濯婦として働きながら生計を立てていました。その傍らでヘアケア製品の研究を重ね、やがてアフリカ系アメリカ人女性向けの化粧品シリーズを開発することに成功します。そして1905年、「マダム・C・J・ウォーカー製造会社」を設立しました。
事業の飛躍的な成功
彼女の事業は目覚ましい成功を収めました。1919年までに従業員は3,000人を超え、インディアナ州インディアナポリス、ペンシルベニア州ピッツバーグ、コロラド州デンバーの3か所に工場を構えるまでに成長しました。製品は全米各地で販売され、その評判はヨーロッパやアフリカにも及びました。
社会貢献と慈善活動
ビジネスでの成功にとどまらず、ウォーカーは熱心な慈善活動家としても知られていました。NAACP(全米黒人地位向上協会)をはじめとするアフリカ系アメリカ人の団体や社会貢献活動に多額の寄付を行い、インディアナポリスでは女子のための学校も設立しました。
晩年と不朽の遺産
ウォーカーは1919年、51歳でこの世を去りました。しかしその功績は色あせることなく、彼女は今日でも歴史上最も成功し、影響力を持ったアフリカ系アメリカ人女性の一人として高く評価されています。
マダム・C・J・ウォーカーの主な功績
- アメリカ史上初の、自力で富を築いた女性ミリオネアとなった
- 史上最も成功したアフリカ系アメリカンビジネスの一つである「マダム・C・J・ウォーカー製造会社」を設立した
- 3,000人以上を雇用し、インディアナポリス、ピッツバーグ、デンバーに工場を建設した
- 製品を全米はもとよりヨーロッパやアフリカへと販売網を広げた
- アフリカ系アメリカ人の諸団体や社会活動に惜しみなく寄付する慈善活動家であった
- インディアナポリスに女子のための学校を設立した