ヤルタ会談の目的
ヤルタ会談(クリミア会議とも呼ばれます)の主な目的は、第二次世界大戦終結後のヨーロッパに関する重要な政治問題と、敗戦国となるドイツの将来について話し合い、連合国間で合意を形成することでした。
会議の概要:日時・場所・出席者
会議は1945年2月4日から2月11日までの8日間、黒海に面するクリミア半島の保養地ヤルタにあるリヴァディア宮殿で開催されました。出席したのは、連合国の中核を担った「三大首脳」です。
- ヨシフ・スターリン(ソビエト連邦 人民委員会議議長)
- ウィンストン・チャーチル(イギリス首相)
- フランクリン・D・ルーズベルト(アメリカ合衆国大統領)
主な成果と合意事項
1. 戦後ドイツの分割占領
ドイツの無条件降伏後、同国をアメリカ、イギリス、フランス、ソビエト連邦の4カ国が分担して占領することが合意されました。首都ベルリンはソ連占領区域の内部に位置しながら、こちらも同じく4つの区域に分割されることになりました。
2. ドイツの非軍事化と非ナチ化
ドイツが再び戦争を起こさないよう、非軍事化と非ナチ化の方針が定められました。具体的には、軍需産業の解体、ナチ党組織の解散、ナチ指導者の罷免と処罰、そしてドイツ社会からのナチズム勢力の一掃などが含まれます。
3. 国際連合(UN)の創設
本会談では、世界の平和維持と紛争防止を担う国際機関として国際連合を設立する基礎が固められました。国連の本部はアメリカに置かれることになります。
4. 東ヨーロッパにおける新政権の樹立
ドイツの占領から解放された東欧諸国の将来の政治体制についても協議が行われました。具体的な合意には至りませんでしたが、ソ連はこれらの地域に親ソ政権を樹立することに関心を示しており、その動向はチャーチルやルーズベルトにとって大きな懸念材料となりました。
5. 賠償と戦犯裁判
ドイツが戦争中に引き起こした損害に対する賠償義務が確認されました。さらに、第二次世界大戦中の戦争犯罪および人道に対する罪を問うため、ナチス高官を裁く国際軍事法廷(後のニュルンベルク裁判)の設立が決定されました。
6. 解放されたヨーロッパに関する宣言
会談では「解放されたヨーロッパに関する宣言」が採択されました。これにより、解放された欧州各国において自由選挙を実施し、領土の保全を回復することが謳われました。
7. ポーランドとユーゴスラビアに関する合意
ポーランドについては、西部で旧ドイツ領の一部を獲得する一方、東部の一部地域をソ連へ割譲するという国境変更が合意されました。ユーゴスラビアの将来についても協議が交わされました。
まとめ
ヤルタ会談は、ヨーロッパの戦後の政治的地図を描き、集団安全保障の仕組みを確立し、ナチスの残虐行為への責任を追及するなど、戦後世界の根幹に関わる重要課題を連合国指導者が協議する場となりました。一方で、東欧をめぐるソ連と米英の思惑の違いには冷戦の萌芽がすでに見え隠れしており、国際秩序の基礎が形づくられた歴史的に極めて重要な会議といえます。