歴史物語

なぜジョアン2世はバルトロメウ・ディアスの航海を支援したのか?その理由を解説

はじめに

15世紀後半、ポルトガル王ジョアン2世(ヨハネ2世)は、航海者バルトロメウ・ディアスによるアフリカ最南端を目指す探検航海に出資しました。この決断は、大航海時代におけるポルトガルの運命を大きく左右する重要な一歩となりました。本記事では、ジョアン2世がディアスの航海を支援した背景と理由を詳しく解説します。

バルトロメウ・ディアスとはどんな人物か

バルトロメウ・ディアスは、ポルトガル王国に仕えた航海者・探検家です。1487年、ジョアン2世の命によりリスボンを出港し、1488年にアフリカ大陸最南端の岬(後に「喜望峰」と名付けられる)を回り込むことに成功しました。これにより、ヨーロッパからインドへ海路で到達できる可能性が初めて実証されました。

ジョアン2世が支援した主な理由

1. インドへの直接航路の開拓

当時、香辛料など東方の富をもたらす交易路は陸路および地中海経由が主流で、ヴェネツィアやオスマン帝国などの中継地勢力が莫大な利益を独占していました。ジョアン2世は、アフリカ周回の海路を確立することで、中間業者を介さず直接アジアと交易することを目指していました。

2. エンリケ航海王子以来の国家戦略の継承

ポルトガルは、エンリケ航海王子の時代から西アフリカ沿岸の探検を段階的に進めてきました。ジョアン2世は即位後もこの政策を積極的に推進し、探検船団の派遣に王室資金を投じました。ディアスの航海は、長年にわたる努力の集大成ともいえる事業でした。

3. プレステル・ジョン伝説との連携構想

当時のヨーロッパでは、東方にキリスト教国の王「プレステル・ジョン」が存在すると信じられていました。ジョアン2世は、この伝説上の同盟国と海路で結ばれることで、イスラム勢力を挟み撃ちにできると期待していたとも言われています。

4. 国家の威信と貿易利益

新航路の発見は、ポルトガルの国際的威信を高め、香辛料貿易による巨大な利益をもたらす可能性を秘めていました。実際、ディアスの到達点を踏まえ、1497年にはヴァスコ・ダ・ガマがインドへの航海に成功し、ポルトガルは東方貿易の覇権を握ることになります。

まとめ

ジョアン2世がバルトロメウ・ディアスの航海を支援したのは、インドへの直通航路の確立、先代からの探検政策の継承、東方キリスト教国との連携構想、そして国家の威信と経済的利益といった複合的な動機によるものです。この投資は喜望峰の発見という形で結実し、後のヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路の開拓、ひいては大航海時代全体の展開を決定づけました。