結論:遺骨は回収・再埋葬されていない
フランス王アンリ2世の愛妾として名高いディアーヌ・ド・ポワチエ。その彼女の遺骨は、回収されて本来の墓へ再埋葬されることはありませんでした。かつてアネ城の霊廟に眠っていた彼女の遺体は、歴史の激動の中で永遠に失われたのです。
フランス革命による墓の冒涜
1790年代のフランス革命期、旧体制の象徴とみなされた貴族たちの墓は次々と暴徒の手で破壊されました。ディアーヌ・ド・ポワチエの墓も例外ではなく、荒らしに遭い、納められていた遺骨は四散してしまったのです。
諸説ある遺骨の行方
散乱した遺骨のその後については、いくつかの説が伝えられています。
- 共同墓地説: 遺骨は無差別に掘り起こされ、身元の分からない他の遺体とともに共同墓地へ投げ込まれたという説。
- 肥料説: 骨が肥料の原料として利用されたという、より過酷な運命を示す説。
当時の混乱した状況を考えると、どちらの説も十分にあり得る話ですが、決定的な記録は残っていません。
今も謎に包まれた最期の眠り
こうした経緯により、ディアーヌ・ド・ポワチエの遺骨が正確にどこにあるのかは、今日まで判明していません。華やかな宮廷生活を送った絶世の美女が、革命という時代の暴力によってその安息の場所さえ奪われた――彼女の物語は、悲劇的な幕切れを迎えたまま謎を残しているのです。