歴史物語

ウィリアム・シェイクスピアの生涯――重要な出来事を年表で振り返る

はじめに

ウィリアム・シェイクスピア(1564年〜1616年)は、イギリス史上最も偉大な劇作家・詩人として知られています。『ロミオとジュリエット』『ハムレット』『マクベス』など、数々の不朽の名作を生み出した彼の人生には、数多くの重要な出来事が刻まれています。この記事では、シェイクスピアの生涯を年表形式でわかりやすく振り返ります。

幼少期と結婚(1564年〜1585年)

1564年:ストラトフォード・アポン・エイヴォンに誕生

シェイクスピアは、イングランド中部のストラトフォード・アポン・エイヴォンで誕生しました。正確な誕生日は記録に残っていませんが、4月26日に洗礼を受けた記録があることから、4月23日頃と考えられています。

1582年:アン・ハサウェイとの結婚

18歳のとき、8歳年上のアン・ハサウェイと結婚しました。

1583年〜1585年:子どもたちの誕生

1583年に長女スザンナが誕生し、1585年には双子のハムネットとジュディスが生まれました。

劇作家としての飛躍(1590年代)

1594年:宮内大臣一座の結成

シェイクスピアが所属した劇団「宮内大臣一座」が結成されました。彼はこの劇団の株主・俳優・専属劇作家として活躍しました。

1590年代:初期作品の上演

『恋の骨折り損』(1594年頃)、『ロミオとジュリエット』(1595年頃)、『真夏の夜の夢』(1596年頃)、『ウィンザーの陽気な女房たち』(1597年頃)、『ヘンリー四世』第1部・第2部(1597〜98年頃)など、次々と作品を発表しました。

1596年:息子ハムネットの死

最愛の息子ハムネットが11歳で亡くなりました。この喪失が『ハムレット』など後の作品に影響を与えたとする説もあります。

1599年:グローブ座の開場

劇団の拠点となるグローブ座がロンドンのテムズ川南岸に開場しました。

創作の絶頂期(1600年代)

『ハムレット』(1600〜01年頃)、『トロイラスとクレシダ』(1602年頃)、『終わりよければすべてよし』(1604年頃)、『尺には尺を』(1604年頃)、『リア王』(1605年頃)、『マクベス』(1606年頃)、『アントニーとクレオパトラ』(1607年頃)、『コリオレイナス』(1608年頃)など、「四大悲劇」を含む傑作群が次々と生まれました。

1603年:国王一座へ改称

エリザベス1世の死後、新王ジェームズ1世が劇団の後援者となり、「宮内大臣一座」は「国王一座」に改称されました。

1609年:ソネット集の出版

154篇からなるソネット集が出版され、詩人としての名声も確立しました。

晩年(1610年代)

後期の作品群

『シンベリン』(1610年頃)、『テンペスト』(1611年頃)、『冬物語』(1611年頃)、『ヘンリー八世』(1613年頃)など、後期のロマンス劇と呼ばれる作品を発表しました。

1613年:故郷ストラトフォードへ隠退

同年6月、『ヘンリー八世』の上演中にグローブ座が火災で焼失しました。シェイクスピアはこの頃から劇壇を離れ、故郷での生活に重心を移していきました。

1616年:逝去

1616年4月23日、52歳で故郷ストラトフォード・アポン・エイヴォンで亡くなりました。生誕の日と同じ日付とされています。

まとめ

シェイクスピアの52年の人生は、ストラトフォードの一青年から世界文学の頂点に立つ劇作家への飛躍の物語です。彼の作品は400年以上経った今も世界中で上演され続けており、その普遍的な人間描写は時代を超えて読者と観客を魅了し続けています。