モット・アンド・ベイリー型城館(Motte-and-bailey castle)は、11世紀から12世紀頃の中世ヨーロッパで広く建てられた城の一種です。では、このような城に実際に住んでいたのは誰なのでしょうか。この記事では、城の住人とその構造について詳しく解説します。
城を築き、住んでいたのは上流階級の人々
モット・アンド・ベイリー型城館は、主に中世ヨーロッパの上流階級によって建てられました。具体的には、貴族、騎士、そして裕福な地主たちです。彼らにとって城は単なる住居ではなく、ライバルとなる貴族や盗賊、敵対する侵略者といった潜在的な脅威から身を守るための要塞としての役割も担っていました。
モット(土塁)――見張りと防御の要
「モット」と呼ばれる人工的な土塁(マウンド)は、城の防御の中核となる部分でした。高台に位置するモットからは周囲を広く見渡すことができ、監視や偵察に絶好の場所となりました。また、戦略的に優れた防御拠点でもあり、攻撃者が容易に近づけないよう工夫されていました。モットの頂上には領主の住居となる木造の塔(キープ)が建てられることも一般的でした。
ベイリー(中庭)――生活の中心地
一方、「ベイリー」はモットのふもとを囲むように造られた閉鎖された中庭です。ここには居住区、厨房、厩舎、作業場など、さまざまな建物が配置され、城内での日常生活が営まれていました。ベイリーは木製の柵や堀で囲まれることが多く、外部からの侵入を防ぐ防壁としても機能しました。
短期間で建てられた実用的な城
モット・アンド・ベイリー型城館の大きな特徴は、土と木材という入手しやすい材料を使い、比較的短期間で建設できた点にあります。1066年のノルマン・コンクエスト(ノルマンディー公ウィリアムによるイングランド征服)以降、イングランド全土に急速に広まりました。後に多くの城は石造りの本格的な城へと改築・再建されていきますが、モット・アンド・ベイリー型城館は中世城郭建築の出発点となった重要な存在なのです。
このように、モット・アンド・ベイリー型城館に住んでいたのは、貴族や騎士といった支配層の人々であり、城は彼らの権力の象徴であると同時に、生活と防御の両方を兼ね備えた重要な拠点だったのです。