歴史物語

オットー・フランクは第一次世界大戦に従軍した?その軍歴の真実

結論:オットー・フランクが従軍したのは第一次世界大戦

『アンネの日記』の父親として知られるオットー・フランク(1889年〜1980年)には、「第二次世界大戦に従軍した」という誤解がしばしば見られます。しかし、実際にドイツ軍に所属して戦ったのは第一次世界大戦です。第二次世界大戦当時、彼は軍人ではなく、オランダ・アムステルダムで暮らす一般市民でした。

第一次世界大戦での従軍経験

オットー・フランクは、第一次世界大戦中の1915年10月、自ら志願してドイツ陸軍に入隊し、終戦まで西部戦線で戦い続けました。やがて砲兵将校となり、最終的には砲兵旅団のOberleutnant(ドイツ語で中尉に相当する階級)まで昇進しています。

西部戦線での過酷な戦いの中で、彼は二級鉄十字章をはじめとする数々の軍事勲章を受章しました。これは、彼が有能な軍人として高く評価されていたことを示すものです。

第二次世界大戦期のオットー・フランク

一方、第二次世界大戦中のオットー・フランクは、軍人としてではなく、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害の被害者として歴史に名を刻んでいます。1933年に家族とともにドイツからオランダへ移住しましたが、1940年のオランダ占領後、迫害はオランダにも及びました。1942年にはアムステルダムの「隠れ家(アヒターハウス)」に身を潜めますが、1944年に発覚し、家族は強制収容所へ送られました。

収容所から生きて帰ることができたのは、一家の中でオットーただ一人でした。戦後、彼は娘アンネが残した日記を世に出し、ホロコーストの記憶を世界中に伝える生涯を送りました。

まとめ

オットー・フランクは、第一次世界大戦ではドイツ軍の砲兵将校として西部戦線で戦った一方、第二次世界大戦ではユダヤ人として迫害を受けた被害者でした。同じ「世界大戦」でありながら、彼の立場は正反対だったのです。この事実を正しく理解することは、彼の人生と『アンネの日記』の背景を深く知る上で重要です。