離婚後も厚遇された「王の最愛の妹」
1540年、イングランド王ヘンリー8世との結婚が解消されたクレーヴのアン(Anne of Cleves)でしたが、その後の人生は決して不幸なものではありませんでした。むしろ、当時の女性としては破格ともいえる手厚い待遇を受けることになります。
結婚の解消に際して、アンは寛大な慰留策(和解条件)を与えられました。その内容には、2つの城と相当な収入源が含まれており、経済的な不安とは無縁の生活を送ることができたのです。
平和で快適な隠棲生活
アンは離婚後、各地の王室宮殿や邸宅を行き来しながら、平和で快適な隠棲生活を楽しんだといわれています。再婚の義務も課されず、自由気ままな日々を過ごしました。
興味深いことに、アンはヘンリー8世自身とも良好な関係を保ち続けました。ヘンリーは彼女を「王の最愛の妹」として扱い、公式の場でも家族の一員として遇しました。
メアリー1世との深い友情
特に注目すべきは、ヘンリー8世の娘であるメアリー(後のメアリー1世)と築いた親密な友情です。二人の絆は非常に強く、アンはメアリーの宮廷でも重要な存在であり続けました。
41歳で生涯を閉じるまで
アンは二度と再婚することなく、王室の一員として敬意をもって扱われながら生涯を終えました。1557年7月16日、41歳でこの世を去り、遺体はロンドンのウェストミンスター寺院に埋葬されています。
6人の妻の中で唯一、処刑も離別の悲劇も免れ、穏やかな晩年を全うしたクレーヴのアン。皮肉にも、ヘンリー8世の妻たちの中で最も幸せな最期を迎えたのは彼女だったといえるでしょう。