「飢餓の時代(スターヴィング・タイム)」は、1609年から1610年にかけての冬に、北米バージニア州のジェームズタウン植民地で起きた壊滅的な飢饉と苦難の時期を指す歴史用語です。この時期は、先住民ポウハタン連邦との対立、いわゆる「第一次アングロ・ポウハタン戦争」と密接に関わっており、入植者たちにとって文字通り死と隣り合わせの過酷な冬となりました。
飢餓の時代の背景
ジェームズタウンは1607年にイングランドによって設立された、北米初の恒久的なイギリス人植民地です。しかし、立地は湿地帯に近く、飲料水の汚染や病気の発生が絶えず、農業も軌道に乗らないまま厳しい状況が続いていました。
1609年、ポウハタン首長率いる先住民勢力との関係が悪化し、植民地への食料供給が断たれると、事態は一気に深刻化しました。さらに、補給船団がハリケーンで被災し、予定していた人員や物資の大半が届かなかったことも追い打ちとなりました。
極限状態に陥った入植者たち
食料が尽きた植民地では、馬や犬、猫、ネズミといった家畜や動物が食べつくされ、最終的には靴の革まで煮て食べるほどの極限状態に達したと記録されています。近年の考古学的調査では、この時期の人骨から人肉食の痕跡が見つかっており、その悲惨さを物語っています。
当初500人ほどいた入植者のうち、春を迎えることができたのはわずか60名前後だったと推定されています。つまり、人口の9割近くがこの冬に命を落としたことになります。
歴史に残る教訓
1610年6月、デラウェア卿率いる救援船団が到着し、ようやく植民地は崩壊の瀬戸際から救われました。しかし、「飢餓の時代」は初期アメリカ植民の歴史における最大の悲劇の一つとして記憶され、植民地経営の困難さと、先住民との共存の重要性を後世に伝える教訓となっています。