歴史物語

ハリエット・タブマンは大人になってからどこに住んでいましたか?

ハリエット・タブマンの晩年の拠点はニューヨーク州オーバーン

ハリエット・タブマンは、大人になってからニューヨーク州オーバーン(Auburn)に住んでいました。1859年に同地へ定住して以来、1913年に亡くなるまでの半世紀以上にわたり、オーバーンを生活の拠点としました。

奴隷として生まれ、自由を求めて逃亡

タブマンは1820年頃(正確な出生年は不明)、メリーランド州で奴隷として生まれました。1849年、彼女は単身で北へ逃れ、ペンシルベニア州フィラデルフィアで自由を手に入れます。その後、彼女は「地下鉄道(Underground Railroad)」の案引人として活躍し、自ら何度も危険を冒して南へ戻り、家族や友人を含む約70人もの奴隷を自由へと導いたことで広く知られるようになりました。

オーバーンへの定住とその後の活動

1859年、タブマンはニューヨーク州オーバーンに土地を購入し、定住しました。この家は、後の連邦上院議員ウィリアム・ヘンリー・スワードとその妻フランシスの支援によって入手できたものです。南北戦争中には北軍のスパイや看護師として従軍するなど、自由のために生涯を捧げ続けました。また、彼女は女性参政権運動の活動家としても知られ、スーザン・B・アンソニーらとともに婦人参政権の実現に向けて尽力しました。

最期の地と現在

1913年3月10日、タブマンは肺炎のためオーバーンの自宅で息を引き取りました。享年90歳以上とされています。彼女はオーバーンにあるフォートヒル墓地(Fort Hill Cemetery)に軍葬の礼をもって埋葬されました。現在、彼女の旧居は「ハリエット・タブマン国立歴史公園」の一部として保存されており、彼女の偉業を称えるために世界中から多くの人々が訪れています。