ジョン・デリンジャー死後の静かな余生
1934年7月、連邦捜査局(FBI)によってシカゴの映画館前で射殺された伝説のギャング、ジョン・デリンジャー。その居場所を当局に通報したことで「赤い服の女」として一躍有名になったアナ・クンパナス(別名アンナ・セージ)は、事件後、報道機関や世間の注目を強く避けるようになりました。
米国各地を転々とした隠遁生活
アナはニューヨーク、オハイオ、アラバマなど、アメリカ国内を頻繁に移り住みながら、人と会うことや顔を知られることを極力避けて暮らしていたといわれています。生涯に何度か結婚はしましたが、常に目立たないよう振る舞い、二度とゆかりのあるインディアナ州へ戻ることはありませんでした。
晩年の姿と最期
さまざまな記録によると、彼女は裁縫師、事務員、司書など、複数の職を渡り歩きながら生計を立てていたと伝えられています。やがて高齢となったアナは、ミシガン州の老人ホームに入所することになりましたが、その際には「セクストン(Sexton)」という別の姓を名乗っていたことが分かっています。
そして1986年6月、アナ・クンパナスは86歳でこの世を去りました。かつて全米の注目を集めた「赤い服の女」は、最期まで静かに、そして多くの謎を残したまま、波乱に満ちた人生の幕を閉じたのです。