アフリカの歴史

なぜ黒人は1862年半ばまで北軍に入隊できなかったのか?その背景と経緯

南北戦争の開戦当初、北軍(アメリカ合衆国軍)はアフリカ系アメリカ人の入隊を認めていませんでした。その主な理由は、1792年の民兵法が軍務に就ける者を「自由な白人男性」に限定していたことにあります。また、リンカーン政権も、奴隷制を維持する境界諸州(メリーランド、ケンタッキー、ミズーリなど)の連邦からの離反を恐れ、黒人の武装化には極めて慎重な姿勢をとっていました。

最初期の黒人部隊「第1カンザス有色義勇歩兵連隊」

しかし、連邦政府の方針とは別に、一部の地域では早い段階で黒人兵士の受け入れが動き出していました。その代表例が、1862年9月12日に編成された第1カンザス有色義勇歩兵連隊(The First Kansas Colored Volunteer Infantry Regiment)です。ただし、この部隊が連邦政府から正式に承認され、公式な地位を得たのは1863年1月になってからでした。

方針転換への道のり

状況が大きく変わったのは1862年です。同年7月の民兵法改正により、アフリカ系アメリカ人の軍務が法的に可能となりました。さらに1863年1月1日に発布された奴隷解放宣言は、黒人兵士の募集を本格的に認める決定打となりました。

こうした流れの中で、最終的には約18万人から20万人ものアフリカ系アメリカ人が北軍に従軍し、南北戦争の帰結に重要な役割を果たすことになりました。

まとめ

「黒人は1862年半ばまで北軍に入隊できなかった」というのは、あくまで連邦政府の公式方針に関する話です。実際には、カンザスのような一部の州レベルでは、政府承認を待たずに黒人部隊の編成が先行して進められていたのです。つまり、現場での動きと中央政府の政策との間に時間差があったことが、この時期の実態と言えるでしょう。