アフリカの歴史

第一次世界大戦の同盟国(中央同盟国)はどこ?独墺土ブル4か国を徹底解説

第一次世界大戦(1914年~1918年)で同じ陣営として戦った国々は、一般的に「中央同盟国」と呼ばれています。まず押さえておきたいのは、「枢軸国」という呼び名は第二次世界大戦におけるドイツ・イタリア・日本の三国同盟を指す用語であり、第一次世界大戦には厳密には「枢軸国」は存在しないという点です。本記事では、第一次世界大戦の中央同盟国を構成した4つの主要国について詳しく解説します。

中央同盟国の主要4か国

1. ドイツ帝国

中央同盟国の中核を担ったのがドイツ帝国です。ヴィルヘルム2世の下で強硬な対外政策を推進し、開戦時にはシュリーフェン・プランに基づきベルギーを経由してフランスへ侵攻しました。強大な軍事力と工業力を誇り、西部戦線と東部戦線の両方で主役級の役割を果たしています。

2. オーストリア=ハンガリー帝国

大戦の発火点となったのは、皇位継承者フランツ・フェルディナント大公が暗殺されたサラエボ事件(1914年6月)です。オーストリア=ハンガリー帝国はこれを機にセルビアへ宣戦布告し、ロシアなどの大国を巻き込んで戦争を世界規模へと拡大させました。多民族国家であったため、戦争の長期化とともに国内の民族対立も深刻化していきます。

3. オスマン帝国

オスマン帝国は1914年11月に中央同盟国側として参戦しました。特にガリポリの戦いでは連合国軍に大きな損害を与えたことで知られています。中東戦線ではイギリスと対峙しましたが、アラブ反乱などの影響もあり、次第に戦力を消耗していきました。

4. ブルガリア王国

ブルガリア王国は1915年10月に参戦した、中央同盟国最後の加盟国です。第二次バルカン戦争で失った領土の回復を目指してドイツ・オーストリア=ハンガリーと共に行動し、セルビア攻撃などで重要な役割を果たしました。

なぜ「中央」同盟国と呼ばれるのか

この名称は、ドイツやオーストリア=ハンガリーといった諸国がヨーロッパ大陸の「中央」部に位置していたことに由来します。西側のイギリス・フランス、東側のロシアという三国協商の間に挟まれた立場だったことが、その名前の由来となっています。

まとめ

第一次世界大戦では、ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国、ブルガリア王国の4か国が中央同盟国として結束し、イギリス・フランス・ロシアなどを中心とする連合国(協商国)と対峙しました。ちなみに、元々三国同盟の一員だったイタリアは、開戦後に連合国側へ寝返っている点も歴史を理解するうえで重要なポイントです。