結論から言うと、クリストファー・コロンブスは西アフリカを探検していません。彼が探検の舞台としたのは、主にカリブ海地域と中央アメリカです。
コロンブスが目指したのは西アフリカではなく「西回りの航路」
コロンブス(1451年頃~1506年)はジェノヴァ出身のイタリア人探検家で、スペイン王室の後援を受けて航海を行いました。当時のヨーロッパでは、アジアへ香辛料や絹などの交易品を運ぶ航路として、陸路やアフリカ南端を回る海路が主流でした。
コロンブスは「地球は丸い」という考えに基づき、大西洋をまっすぐ西へ渡ればアジア(東インド)に到達できると考えました。つまり彼の目的はアフリカ沿岸の調査ではなく、西回りによるアジア航路の開拓だったのです。
実際に到達したのはカリブ海と中央アメリカ
1492年の最初の航海で、コロンブス艦隊はバハマ諸島に到達し、続いてキューバやイスパニョーラ島(現在のハイチとドミニカ共和国)を探索しました。以降も計4回の航海を行い、最後の第4次航海(1502年~1504年)ではホンジュラスやパナマなど中央アメリカの海岸線にも足を踏み入れています。
ただしコロンブス自身は、これらの土地をアジアの一部だと信じ続けたと言われており、新大陸であることを生涯認識することはありませんでした。
西アフリカの探検を進めたのはポルトガル
一方、15世紀に西アフリカ沿岸の探検を本格的に進めたのはポルトガルです。エンリケ航海王子の後援のもと、船団はアフリカ西岸を南下し、1488年にはバルトロメウ・ディアスが喜望峰に到達しました。この成果を受け、ヴァスコ・ダ・ガマが1498年にアフリカ南端を回ってインドへ到達しています。
まとめ
- コロンブスは西アフリカを探検していない
- 彼が探検したのはカリブ海諸島と中央アメリカの沿岸部
- 目的は大西洋を西回りするアジアへの航路開拓だった
- 西アフリカ沿岸の調査を進めたのは主にポルトガル