ジュリアス・シーザーを殺したのは「剣」ではなかった
古代ローマの終身独裁官ジュリアス・シーザー(ガイウス・ユリウス・カエサル)は、剣によって命を奪われたわけではありません。彼を襲ったのは、短剣(ダガー)やナイフといった小型の刃物でした。
紀元前44年3月15日、「三月のイデス(イデス・マルティアエ)」として知られるこの日、シーザーは元老院議員たちによる集団暗殺の犠牲となりました。ブルータスやカッシウスらを含む約60人の元老院議員がこの陰謀に関与していたと伝えられています。
なぜ短剣だったのか?
暗殺者たちが長剣ではなく短剣を選んだ背景には、いくつかの事情があったと考えられます。
- 隠しやすさ: 短剣であれば、トーガ(ローマの公式な衣装)の下に隠して持ち込むことができました。
- 近接戦闘への適性: 人が多く集まる議事堂内での至近距離からの襲撃には、取り回しの良い短剣が最適でした。
- 証拠の隠滅: 使用後すぐに捨てたり隠したりできる小型の武器であることも、選ばれた理由の一つです。
遺体には23か所の刺し傷
歴史家スエトニウスの記録によれば、シーザーの遺体には合計23か所もの刺し傷が確認されたとされています。しかし、そのうち致命傷となったのはわずかに1か所だったとも言われており、群衆の中での混乱した襲撃の様子がうかがえます。
この悲劇的な事件は、ローマ共和政の終焉と帝政への移行を決定づける転換点となりました。