アフリカの歴史

第二次世界大戦期のオズワルド・モズリーとは?英国ファシズム指導者の生涯

オズワルド・モズリーとは何者か

サー・オズワルド・アーナルド・モズリー(第6代準男爵、1896年11月16日 - 1980年12月3日)は、イギリスのファシズム政治家であり、1932年から1940年にかけて英国ファシスト連盟(BUF)の指導者を務めた人物です。

生い立ちと政界入り

モズリーはスタッフォードシャーの裕福な家庭に生まれました。第一次世界大戦中は将校として従軍し、戦後まもなく政界に足を踏み入れます。当初は保守党に所属していましたが、その政策に幻滅を抱くようになり、後に労働党へと移りました。

英国ファシスト連盟(BUF)の結成

1930年代に入ると、モズリーは次第にファシズム思想へと強く傾倒していきます。1932年にBUFを設立すると、短期間で多くの支持者を獲得しました。BUFは準軍事的な性格を持つ組織であり、全体主義体制の樹立、白人至上主義、そして反ユダヤ主義を掲げていたことで知られています。

激化する論争と組織の禁止

モズリーとBUFは常に大きな論争の的となりました。対立する勢力との間で暴力的な衝突がたびたび発生し、ついに政府は1940年に同組織に対する禁止措置に踏み切ります。モズリー自身も逮捕され、数年間にわたり投獄されることとなりました。

戦後の活動と晩年

釈放後もモズリーは政治活動を続け、1948年には新たなファシズム組織である「ユニオン・ムーブメント」を設立しました。しかしこの組織は、かつてのBUFのような成功を収めることはできませんでした。モズリーは1960年代に政界から引退します。

1980年、モズリーはフランスでこの世を去りました。彼は今日、イギリス史上最も影響力のあるファシズム指導者の一人と評価されています。