アジアの歴史

【近藤長次郎】坂本龍馬の盟友が辿った悲劇の真相とは?

【近藤長次郎】坂本龍馬の盟友が辿った悲劇の真相とは?

今回は、幕末に生きた一人の若者の物語をご紹介します。

近藤長次郎(こんどうちょうじろう)という人物をご存じでしょうか。

江戸時代にはありふれた名字だったためか、同時代に活躍した新選組局長・近藤勇ほどの知名度はないかもしれません。しかし、坂本龍馬の名前なら誰もが知っているはずです。幕末の風雲児にして、日本の歴史を大きく動かした英雄ですね。

そして近藤長次郎は、龍馬が主人公の物語にほぼ必ず登場する人物です。ドラマでは龍馬と長次郎は固い友情で結ばれた盟友として描かれ、長次郎が亡くなる場面では涙を誘う展開になることも少なくありません。

今回は、そんな坂本龍馬の親友・近藤長次郎の生涯をたどりながら、その死をめぐる事件の真相に迫っていきます。

近藤長次郎はどんな人物?

饅頭屋の息子として生まれる

1838年(天保9年)、土佐藩の城下町・高知で饅頭屋の息子として生まれました。幼い頃から「饅頭屋」と呼ばれており、ドラマでも「饅頭屋!」と呼ばれるシーンが定番となっています。もしかすると、このあだ名のほうが有名かもしれませんね。

坂本龍馬より3歳年下にあたります。

頭脳明晰な逸材

長次郎は子供の頃から非常に聡明で、土佐や江戸の塾で学問に励みました。その才能は藩主にも認められ、将来を嘱望される存在でした。かなりの有望株だったのです。

神戸海軍操練所へ

26歳頃、幕府の軍艦奉行並・勝海舟が開いた神戸海軍操練所に、龍馬とともに入門します。勝海舟は龍馬の師匠であり、龍馬が海外に関心を持つきっかけを作った人物です。

神戸海軍操練所は、船舶の操縦技術などを学ぶ訓練機関でしたが、わずか1年ほどで廃止されてしまいます。

亀山社中の設立と大活躍

しかし、長次郎と龍馬の挑戦はここで終わりませんでした。操練所廃止後、二人は長崎で日本初の貿易会社ともいわれる「亀山社中」を立ち上げます。

長次郎は軍艦や武器の調達交渉役として重要な役割を担いました。もともと商家の息子だったため、商談はお手のものだったのです。龍馬も「饅頭屋に任せておけば安心だ」と語るほど、その信頼は絶大でした。

ところが、その頃――悲劇の事件が起こります。

悲しい事件!長次郎の切腹

長次郎は軍艦「ユニオン号」を購入し、長州藩(山口県)の武器調達にも尽力しました。その功績が認められ、長州藩主から褒美を賜るまでになります。

この頃、後に初代内閣総理大臣となる伊藤博文(当時は伊藤俊輔)や井上馨(当時は井上聞多)と出会います。二人からイギリスの話を聞いた長次郎は、この時イギリス留学を決意します。実際、伊藤と井上はすでにイギリス留学を経験した人物でした。

大きな問題が発生

ところがここで大きな問題が起きます。

長次郎は、亀山社中の仲間に何も告げずに留学を決めてしまったのです。しかも、その資金は長州藩から受け取った褒美金。社中の運転資金ではなく、自分一人の留学のために使おうとしたのです。

しかし皮肉なことに、出発の日になって悪天候のため出航が延期され、ずぶ濡れになった長次郎は亀山社中の仲間のもとへ戻ってきます。

もちろん、仲間たちは厳しく追及しました。

「大小を問わず、何か企てるときは必ず皆の同意を得なければならない!社中の規則を破った以上、切腹して詫びろ!」

こうして褒美金は取り上げられ、長次郎は介錯人なしで切腹しました。享年29歳。慶応2年(1866年)のことでした。

一方、龍馬は薩長同盟の締結に奔走しており、その場にはいませんでした。

「自分があの場にいれば、死なせなかったのに……」

龍馬はそう嘆いたといわれています。

事件の真相とは!?

ドラマなどでは、長次郎は龍馬と本当に仲が良く、一本気で素直な性格の人物として描かれます。

しかし現実には、自分の留学のために社中の資金を流用しようとしたという、イメージとはまるで違う事件を起こしています。果たして、実像はどのような人物だったのでしょうか。

龍馬の冷徹な評価

実は龍馬は、「自分がいれば死なせなかった」と嘆く一方で、「長次郎は才が多すぎて誠意がない。それが自ら身を滅ぼすゆえんだ」といった趣旨の言葉も残しています。「頭はいいが誠実さに欠ける。いつか自分で自分を滅ぼすだろう」というような意味合いです。もしかすると、龍馬にはこうなることがある程度予感できていたのかもしれません。

商人の血筋と金銭感覚

長次郎はもともと商家の息子だったため、お金に対する感覚が独特だった可能性があります。「これは自分が稼いだ金なのだから、自分で使って何が悪い!」という考えを持っていたのかもしれません。

さらに、長次郎には同郷の友人岩崎弥太郎がいます。この弥太郎こそ、後の三菱財閥の創業者となる大人物です。幼い頃は極貧生活を送り、苦学の末に成功をつかみました。しかし、その金銭の使い方は豪快で、散財のエピソードも残されています。長次郎は、そんな人物と親交を深めていたのです。

商売人には「お金を稼ぐためには、まずお金を使うべし」という発想があります。長次郎にも、こうした思考が根付いていたのかもしれません。

まとめ

近藤長次郎は、坂本龍馬の物語にほぼ必ず登場する人物です。そして物語の終盤では、不遇の最期として取り上げられ、多くの人の涙を誘います。しかし、その死の真相は、ドラマで描かれる姿とはまったく違う場所にあったのです。

とはいえ、これらはすべて歴史上の一つの仮説にすぎません。やはり長次郎には、龍馬に信頼され、その死を深く悼まれた立派な人物であってほしいものです。ドラマの中の彼は、本当に魅力的な人物なのですから。