本記事では、インドにおける農民運動の歴史について詳しく解説します。植民地時代の搾取に立ち向かった農民たちの闘いの足跡を、時系列に沿ってわかりやすくまとめました。
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農民運動の歴史
初期の農民運動
1917年から1918年にかけてガンディーが指導したチャンパーラン・サッティヤーグラハ(不服従運動)の成功は、ヴィブシャラン・プラサードやチャプラ(サラン県)の農民たちに、搾取や虐げへの闘いを起こす大きな勇気を与えました。
1919年6月、「スワミ・ヴィディヤーナンド」の名で知られるヴィブシャラン・プラサードは、ダルバンガー藩王国に反対する運動のために、マドゥバニ県の農民を組織しました。この運動の主な特徴は、徴税の命令や森林からの果実・木材の採取権をめぐり、藩王国の使用人たちによる横暴に対して抗議した点にあります。
運動は次第にプルニア、サハルサー、バガルプール、ムンゲルの各県へと拡大していきました。これを受けてダルバンガーのマハーラージャ(大君)は、1922年に運動の影響力を弱める目的で州評議会を設立しました。しかし最終的にマハーラージャは農民側の要求の一部を受け入れ、運動は次第に沈静化していったのです。
キサーン・サバー(農民協会)の発展
1922年から1923年にかけて、サハイ・モハンマド・ズーベルとシュリー・クリシュナ・シンの手によって、ムンゲルでキサーン・サバー(農民協会)が結成されました。続いて1928年3月4日には、スワミ・サハジャーナンド・サラスワティがビフター(パトナ)で正式にキサーン・サバーを設立します。
さらに1929年には、ソーネプル見本市(ソーネプル・メラ)で開催された会議においてビハール州キサーン・サバーが発足し、スワミ・サハジャーナンドが会長に、シュリー・クリシュナ・シンが書記に就任しました。
組織をビハール州内の村々へ広げる過程で、スワミ・サハジャーナンドはカリヤーナンド・シャルマー、ラーフル・サーンクリティヤーヤン、パンチャナン・シャルマー、ヤドゥナンダン・シャルマーといった左派系指導者たちの支援を得ることに成功しました。そして1935年には、キサーン・サバーの場においてザミーンダーリー制(大地主制度)廃止の決議が可決されました。
また、カリヤーナンド・シャルマーの指導のもと、ムンゲル県では「バディヤー・タール」(バカシャット)運動が展開されました。こうした流れの中で1936年、ラクノウにおいてスワミ・サハジャーナンドを議長として全インド農民協会(All India Kisan Sabha)が結成され、N・G・ランガ教授が書記に任命されました。これはインド全国規模の農民組織の誕生を意味する、歴史的な出来事となりました。