「シルクロードを使えばローマから中国まで直接行けたのか?」という疑問はよく聞かれますが、実は古代ローマと中国を直接つなぐ一本道は存在しませんでした。
シルクロードは「ネットワーク」だった
シルクロードとは、東洋と西洋を結ぶ多数の交易路からなる広大なネットワークの総称です。しかし、その終着点はローマではなく、シルクロード自体がローマ領内まで延伸していたわけではありません。
主なルートは長安からアンティオキアまで
シルクロードの主要な幹線は、中国の長安(現在の西安)を出発点とし、中央アジアやペルシャ地方を経由して、シリアのアンティオキアまで続いていました。この陸路の区間だけでも、隊商が全行程を踏破するには数か月を要したと考えられています。
アンティオキアからローマへは海路で輸送
アンティオキアに到着した絹や香辛料などの商品は、そこから地中海を経由する海路でローマへと運ばれました。この海上輸送にもさらに数か月かかることがありました。
つまり、長安からローマまでの全行程を通すと、片道だけで半年以上、時には1年近くかかることも決して珍しくありませんでした。こうした奢侈品は、一人の商人が最初から最後まで運んだのではなく、複数の商人の手を次々と渡りながら(中継貿易)、はるばる西方へと届けられたのです。