正解
アメリカの自動車メーカーが、外国製自動車の締め出しを求めて政府にロビー活動を行ったためです。
解説
第二次世界大戦後、アメリカ合衆国は世界有数の経済大国として君臨していました。同国は強固な製造業基盤と巨大な国内市場を抱えており、外国製品にとって非常に魅力的な市場となっていました。
しかし一方で、自動車産業をはじめとする一部のアメリカ国内産業は、外国製品との競争激化を強く懸念していました。そこで自動車メーカー各社は政府に対し、外国製自動車の輸入を制限するようロビー活動を展開しました。
その結果、アメリカは輸入車に関税を課すことになり、アメリカ人が外国製の車を購入する際のコストは高くなりました。これにより、アメリカの自動車産業は海外勢との競争から一定の保護を受けることとなったのです。
補足:戦後の貿易自由化と保護主義の並存
戦後の世界経済では、GATT(関税と貿易に関する一般協定)のもとで貿易自由化が段階的に進み、日本製品も次第にアメリカ市場へと浸透していきました。しかし、繊維・鉄鋼・自動車といった分野では、国内産業を守るために輸入制限や関税措置がたびたび導入されました。
このように、戦後の日米貿易関係は「市場開放」と「産業保護」が並存する形で発展していきました。アメリカ市場へのアクセスが拡大する一方で、特定の産業分野では保護主義的な動きが続いた点が、この時代の大きな特徴といえるでしょう。