長安は当時最大の都市だったのか?
長安(現在の中華人民共和国陝西省西安市)は、歴史上の複数の時代において、世界最大級の都市として栄えました。特に8世紀の唐代の長安は、玄宗皇帝(在位:712年〜756年)の治世に人口約100万人に達し、当時世界で最も人口の多い都市であったと広く認められています。
当時の長安は、整然とした碁盤目状の街路計画や壮大な宮殿群を備えた計画都市であり、シルクロードの東の起点として、中央アジアやペルシャ、さらにアラビア方面からも商人や使節が訪れる国際色豊かな都市でした。
「真の大都市」かどうかをめぐる議論
一方で、長安の人口のうち相当な割合が駐屯する兵士によって占められていたため、当時の「大都市(メトロポリス)」という概念に照らし合わせると、果たして真の大都市と呼べるのかどうかについては、一定の議論が存在します。
とはいえ、唐代の大部分の時期を通じて、長安が世界有数の商業および政治の中心地であったことは間違いなく、その繁栄ぶりは後世の東アジア諸国の都城造りにも大きな影響を与えました。