アジアの歴史

アメリカが日本に投下した2つの原子爆弾の名前は?「リトルボーイ」と「ファットマン」の全貌

第二次世界大戦末期、日本に投下された2つの原子爆弾

1945年8月、アメリカ合衆国は日本の2つの都市に原子爆弾を投下しました。これらの兵器にはそれぞれ「リトルボーイ(Little Boy)」と「ファットマン(Fat Man)」というコードネームが付けられていました。

「リトルボーイ」――広島に投下されたウラン型原爆

「リトルボーイ」はウラン濃縮型(ガンバレル型)の原子爆弾です。1945年8月6日午前8時15分、B-29爆撃機「エノラ・ゲイ」から広島市上空約600メートルで投下されました。爆発威力はTNT火薬換算でおよそ1万5千トンとされ、市街地に壊滅的な被害をもたらし、同年中だけで十数万人もの犠牲者を出したと推計されています。

「ファットマン」――長崎に投下されたプルトニウム型原爆

「ファットマン」はプルトニウム起爆型(インプロージョン型)の原子爆弾です。1945年8月9日午前11時2分、B-29爆撃機「ボックスカー」によって長崎市上空で炸裂しました。その名の通りずんぐりとした形状が特徴で、爆発威力はTNT火薬換算でおよそ2万1千トンと、リトルボーイを上回る規模でした。

2つの爆弾の技術的な違い

両者は核物質と起爆方式が異なります。リトルボーイは高濃縮ウランを用い、2つのウラン塊を火薬で衝突させて臨界に達させる比較的単純な構造でした。一方、ファットマンはプルトニウムの球体を通常爆薬で均一に圧縮して臨界状態を作り出す、より複雑なインプロージョン方式を採用していました。

歴史への影響

この2度の原爆投下とソ連対日参戦を受け、日本政府は1945年8月15日にポツダム宣言を受諾し、第二次世界大戦は終結しました。広島と長崎の惨禍は、核兵器の非人間性を世界に示す出来事となり、以降の核軍縮・核不拡散の議論の出発点となっています。現在も両都市には原爆資料館や平和記念公園が設けられ、被爆の実相が後世へ語り継がれています。