結論から言えば、ネイティブアメリカンには土地を「所有」する法的権利は認められていませんでした。彼らが持っていたのは、あくまで土地を利用・居住するための限定的な権利にとどまります。
ジョンソン対マッキントッシュ事件(1823年)
この問題を決定づけたのが、1823年の米国最高裁判所判決「ジョンソン対マッキントッシュ事件(Johnson v. McIntosh)」です。最高裁はこの判決の中で、ネイティブアメリカンの各部族が有するのは土地の「占有権」のみであり、近代的な意味での「所有権」ではないと判断しました。
土地が取引される仕組み
この判例の下では、土地が正式に処分可能となるのは、部族が連邦政府に対して占有権を売却した場合に限られました。その後、連邦政府からの譲渡(グラント)を受けることで、初めて個人が私的な土地所有権を取得できるという構造でした。つまり、先住民族と個人との間で直接土地取引を行うことは法的に認められなかったのです。
背景にある「発見の教義」とその影響
この判決は、ヨーロッパ諸国による土地の「発見」を根拠に主権を主張する「発見の教義(Doctrine of Discovery)」に基づくものでした。この法理は、1835年のニューエコタ条約をはじめとする一連の条約締結や、チェロキー族らの強制移住である「涙の道」など、その後の先住民族からの土地奪取を法的に正当化する根拠として機能することになりました。